チェイス・アット・スーパーマーケット

夏川諦

第1話

 俺は太郎。最近はほんとにうまくいかない。何やっても。仕事もだめで収入もなくなっちまった。どうして俺はこうなんだ。一体何ができるっていうんだ。

 そんなことを俺は考えながら車でスーパーの駐車場に入った。大型スーパーで屋上にも駐車場がある。俺は広場の駐車場に愛車のワゴンRを停めた。

 このスーパーに来たのは気晴らしのためだ。適当にジュースでも買って、駐車場に車を停めておいてそのへんをぶらぶら散歩でもしようかと思っていた。休日のスーパーは人の出入りが多く、家族連れやカップル、若い人間がぞろぞろと歩いている。こいつらは人生はうまくいっているんだろうか? 表情だけ見るとうまくいってそうな顔してるよな。俺とは大違いだ。目のクマにぽっこり出たお腹。中年太りの肥満体型。健康診断で戦々恐々。そんなやつと小さい子供を連れて清潔そうな服を来てる眼鏡のサラリーマンでもやってそうな男を比較するのは酷ってもんだよな。だがスーパーはそういうところだ。いろいろな職業のいろいろな身分の人間が買い物のために集まる場所、それがスーパーさ。

 俺は猫背になって駐車場を歩いてスーパーの入口に向かう。今日は黒のニット帽子に黒のジャケット、黒のスェットパンツと黒の靴を履いている。無職だからあんまり外に出歩かないから、スーパーに来るのも久しぶりだ。なんというか、みんな健康な顔をしているよな。これが普通ってやつなんだと思う。

 俺はスーパーの入口から中に入る。二重の扉をまたいで中に入るとスーパーの景色が広がっている。右手に曲がるとそこは野菜や果物を置いている売り場だった。俺はそこをゆっくり歩いてぶらぶらと並んでいる商品を見ていた。

 しばらく歩いていると、後ろから声が聞こえた。

「全身黒ばっかりだな〜、黒ばっかり」

 俺はその時は気にせずにそのまま歩いていたが、また後ろから声が聞こえた。

「全身黒ばっかり。黒尽くめじゃん」

 そこで俺は気付いた。この若いにーちゃんは俺のことを言っているんじゃないか? 確かに俺は全身黒尽くめだ。それを馬鹿にされているんじゃないのか。

 俺は後ろを振り返る。するとすぐ後ろに三人組の二十代ぐらいの若い男がいた。顔を見るとこっちを見てにやにや笑っている。

 あー、こいつはやっぱりそうか。俺の服装を馬鹿にしているんだな。なるほどな。

 俺は少しその三人の顔を見たあとにすぐ視線をそらして隣にある野菜売り場を見るようにした。三人組がすぐ近くを通り過ぎていく。その時もまた声が聞こえた。

「ファッションセンスって大事だよねぇ」

 この野郎、俺のファッションセンスが無いってことか。後ろで誰に言ってるかもわからないように馬鹿にしてきやがって。若いのに年上を馬鹿にしやがって。

 俺はふつふつと怒りを感じた。

 そこで俺はその三人組を後ろからつけることにしたんだ。少し距離を置いて三人組を尾行する。その三人組は棚の商品を物色しながら適当に商品を手にとっていく。顔は相変わらず笑っている。こういうガキは痛い目に遭ったことないから人生を舐めてるところがあるんだな。だれかが人生は甘くないってことをおしえてやらないといけないと思うんだ。本当はさ、親や教師がゲンコツでそういうことを教えないといけないんだけど、今の親や教師はそんなしつけはしない。今の若い奴らはしつけをしてもらったことがほとんどない。悪いことをしても怒られないし、何が悪いことなのかも知らない。困ったもんだよな。

 三人組はレジで精算を始めた。俺もその後ろのレジで手に取っているジュースを精算する。

 精算を済ませると三人組は店を出て駐車場に向かった。俺もその後をつけていく。コンクリートの地面を踏みしめて歩いていくと三人組は自分たちの車の前で談笑を始めた。

 俺はそこに乗り込んでいった。

「おい。にーちゃんたち」

 俺が声をかけると三人組はこっちを見た。にやついた笑いは消えている。

「お前ら、さっき俺のことを馬鹿にしただろ」

 三人組は顔を見合わせて「なんだこいつ」とでも言いたそうな表情を浮かべる。

「してないですよ」

 若者の一人が言った。この声は俺のことを馬鹿にしてたやつの声だった。

 俺は手に持っていたペットボトルをその兄ちゃんに投げた。兄ちゃんはペットボトルをキャッチしようとする。俺はその隙に兄ちゃんの腹にパンチを見舞った。

 兄ちゃんは膝をつく。俺は兄ちゃんの髪を左手で掴んで顔を上に向ける。そして右手で思い切り顔面を殴ってやった。

「ぎゃ!」

 兄ちゃんは間抜けな悲鳴を上げる。他の二人はぎょっとした顔で俺達を見ていた。まさか俺が手を出すとは思わなかったんだろう。

 俺は兄ちゃんにまた一発二発、顔面に鉄拳をお見舞いしてやった。兄ちゃんの鼻から血が吹き出す。

「すみばせん。すみばせん」

 兄ちゃんは俺に謝罪をする。俺は言ってやった。

「人を馬鹿にするってことはなぁ、こうなっても文句は言えないってことなんだよ! わかったかコラァ!?」

「すみばせん、すみばせん」

 兄ちゃんはまるで戦意がなかった。最近の若いやつはみんなこんな感じなんだろうか。粋がりはするが、喧嘩をする度胸はない。俺は馬鹿らしくなった。

 俺はその場を離れようとする。後ろを振り返ると駐車場にパトカーが入ってきてるのが見えた。残りの二人がパトカーに走り寄っていく。あの野郎、俺のことをチクるつもりか。パトカーから警官が降りて、走りながらこっちに向かってくる。俺はそれを見るやいなやダッシュで逃げ出した。

 全速力で走る俺と警官。俺は駐車場を出ると道路をまっすぐ走った。警官は後ろから負いかけてくる。

 俺は不思議と笑顔が漏れた。なんか生きてるって感じだよな。

 閑静な住宅街を無職と警官が追いかけっこ。俺は楽しかった。

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チェイス・アット・スーパーマーケット 夏川諦 @akink

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