第5話

 僕は気が動転していた。鉤縄かぎなわが窓枠にかけられたかと思えば、その数十秒後には妃が、いや、んだから。


「や、やっぱり」

「そう、ジョバンナよ! ここではフアナって呼ばれてるけどね」

「ぼ、僕の勘は間違ってなかったんだ……。会えてうれしいよ、ジョバ――」


 僕が大声で幼馴染みの名を呼びそうになったのを、彼女は自身の人差し指を唇に押し付けて抑える。


「密会がバレちゃうでしょ? あの時みたいにまた叱られたいの?」

「ご、ごめん。嬉しくてつい」

 

 ジョバンナがくすくす笑う。


「七年ぶりだね」

「だね。でも、こんな形で会えるなんて思ってなかったよ」

「私だって、妃になってあなたと対面するなんて考えたこともなかった」


 僕は思った。大人になっても幼馴染の、友達だった頃のジョバンナは生きていたんだって。


「ところでさ、クテシアス」

「何?」

「謁見の間で会った時、私が誰だか分かってた?」

「……ごめん、分からなかった」

「ええ? なんか悲しいなぁ」

「いや、ほら、村にいた時の君はまだ化粧もしてなかったし、体も小さかったじゃない? それに七年も会ってなかったから、その」

「面影がなかったってこと?」

「いや、薄々感づいてはいたんだ」

「へえ?」

「つり目なところとか」

「うん」

「男勝りな雰囲気とか」

「ふうん」

「黙ってるのがじれったくなると足をもじもじさせる癖とか」

「へえ、あなた。小さい時に私のそんなところを見てたんだ」

「ご、ごめん。怒ってる?」

「ううん、逆。嬉しい」

「え?」

「だってさ」


 そう言うと、彼女は僕をベッドに押し倒した。


「好きだった男の子がこうして私の前に、しかも男前になって現れたんだもの」


 胸の高鳴りを感じる。

 僕は明らかに興奮していた。

 しかも今は、彼女にベッドに押し倒されている状態で……。

 もう、自分を抑えきれなくなっている。


「あのさ」

「なあに?」

「君は本当に陛下と……寝てないのかい?」


 すると、ジョバンナは身に帯びていたネグリジェの裾を両手で持ち上げて、こう切り出してきたんだ。


「確認してみる?」


 彼女の挑発的な目に加え、裾が太腿ふとももの部分までたくし上げられた時点で、僕の理性はぶっ壊れた。


 この瞬間、僕は人から本能に従う動物になったんだ。種を吐き出すために動く、野生の肉食動物に。


「じゃあ、確認させてもらうよ」

 


 翌日、僕は陛下と廷臣達の前で王妃の『純潔診断』を行った。


 打ち合わせ通りに、僕は彼女から血液を採取するふりをしつつ、実際には国王の側近の孫娘から採取した血液入りの小瓶――不透明なそれから取り出した一滴を自分の角に垂らした。


 角が灰色から黒色に変わり、謁見の間にどよめきが起こる。


「見ろ! これで噂が全くの嘘だと証明されたぞ!」


 国王は『不能王』というあだ名を返上できて、とても嬉しそうだった。


「クテシアス殿。恩にきるぞ。褒美を取らせよう。何が欲しい?」

「いえ、何も」


 僕の答えに陛下が怪訝そうな顔をしていた。


「本当に何もいらぬのか?」

「ええ、もうから」

「もらった? はて?」

「で、では、これで失礼します」


 陛下は不思議そうな顔をしていたけれどそれ以上は何も言わず、僕を故郷に帰すよう側近に命じて奥の間へと下がっていった。王妃と一緒に。


 彼女は去り際に、僕にウインクしてみせた。


 僕は照れくさくなる。昨夜の自分の大胆な行動が、今になって恥ずかしく思えてきたから。


 『あなたに初めてを捧げてよかった!』という幼馴染の告白が頭から離れないまま、僕はカリュターニャを後にすることになったんだ。

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