第4話

 時は真夜中。


 僕は王宮の一室に部屋をあてがわれ、そこに設えられたベッドに横たわる。


「これじゃ、僕も悪事の片棒を担いだみたいなもんだな」


 つい独りちてしまう。昼間のことを思い出してしまったんだ。


 陛下は即時に、それも廷臣達や従者達の面前で、妃の血液を僕の角に付着させるように言ってきた。不正が行われないように、それと国王が自身に付けられた不名誉なあだ名をその場で拭い去りたくてそう言い出したんだろうな。


 けど、ここで僕は、いや、僕達は小芝居を披露した。


『ああ、眩暈めまいが……』


 まず、妃が体調不良を訴えた。


『おい、どうした?』


 当然、陛下は妃を気遣う素振りを――実態は仮面夫婦であったとしても、衆人環視の中でまさか妻を無碍むげに扱うわけにもいかないので、彼女を心配して見せた。


 それを見計らって、僕も打ち合わせ通りに動いた。真剣な表情をつくって告げたんだ。『陛下、本日は診断できません』って。


『どういうことだ?』と陛下から質問されたので、僕は答えた。


『調査対象の女性の体調が万全でなければ、正確な結果を陛下に提示することができません。体調が悪いと血液の中に含まれる四種類の体液を変化させてしまいまして、それが純潔か否かの判断を狂わせることがあるのです』


 よくもまあここまで、僕も法螺ほらを吹けたもんだ。でも、国王の側近に『言う通りにしないと適当な罪をでっち上げてお前を処刑してやる!』なんて少し前に脅された僕にはどうしようもなかった。


 薄情だと思われるかもしれないけど、カリュターニャの国情なんてここから遥か東の辺鄙へんぴな島国の、それも人口百人程度の漁村に暮らす僕には何の関係もないわけで。


 だから好きにすればいい。

 診断さえすれば報酬を貰えて、後は故郷に帰れるのだから。

 そう、僕にはとっては他人事……。


 でも、一つだけ引っかかってることがある。陛下の妃のことだ。

 あの方は僕と同じ十五歳で、しかもつい最近嫁いだらしい。


 彼女の父は王国内で営んでいた事業――ワイン産業で大成功を収め、その栽培地を王領として寄進することで陛下のお気に入りとなったそうな。で、彼はその時に自分の娘も陛下に贈答したって話だった。

 

 滅茶苦茶な話だけど全て真実。

 でも、一番可哀そうなのは王妃その人だ。

 自分の父が国王に気に入られるための生贄に、それも男色の噂がある人物にめあわせられたんだ。

 いくら父が貴族に列せられたいからって、娘をそんなふうに扱うのは……。


 しかも、どこかあの子の面影を感じさせて……。

 いや、あの人王妃は別人だ。とは何の関係もない。


(夜風に当たるか)


 僕は部屋の東面とうめんにある窓へと歩いた。そこからは眼下に港が見下ろせて、夜が支配する時刻になっても微かな光が見られた。漁船が甲板上に灯したランタンから発せられたものだろう。


 それを眺めながら、僕はまた思い出す。

 との馬鹿げた遊びのことを。


 葡萄ドカ食い事件から数年後。

 その子は僕にこんな提案をしてきた。


『ねえ、海賊ごっこしよ!』って。


 そして、彼女は夜に僕を家から強引に連れ出すと、漁村の人が利用する船に乗せて密かに出航させてしまった。


『気持ちいいなあ!』


 盛り上がる彼女とは裏腹に、僕は船酔いで死にかけていたのをおぼえている。でも、僕は一方で幸せでもあったんだ。


 だって、好きな女の子と二人きりで、誰にも邪魔されずに洋上に漂っていられたのだから。


『おい、女海賊セレネ様のご命令だ! クテシアス! 鉤縄かぎなわを岩に投げろ!』


 有名な女海賊になりきってた彼女は部下役の僕に、前方にそびえる小さな岩礁に鉤縄かぎなわを引っかけるよう指示を出してきた。


『は、はい。姉御!』


 僕も海賊になった気分で指示通りに鉤縄かぎなわを投げる。だが、それは明後日の方へと飛んでいき……。さらには潮の流れのせいで僕達は陸地から離れていき……。


 結局、僕は泣きじゃくる彼女を抱きしめ、朝まで洋上で慰めることとなった。あの時は幸運にも潮流が反転してくれたから、特に怪我もなく村に帰還することができた。もちろん、葡萄の盗み食いの時と同様にこっぴどく叱られたけど。


 僕は思う。

 あの子は孤独な一生を約束されていた僕の前に現れた、たった一人の天使だったんだな、と。

 少しお茶目で、向こう見ずで、男勝りな女の子だったな。

 でも彼女がいたから、僕は今まで生きてこれたんだと思う。

 父の都合で故郷を去った彼女にいつか会えるかもしれない、って希望を胸に抱いてきたんだから。


「でも、あの子が妃のはずだなんてあり得ないよな」


 そんなことを呟いた時、僕は窓枠に何かが引っ掛けられる音を耳にする。続いて、誰かがよじ登る音も響いてきて……。


「やっほー、久しぶり!」


 そして次の瞬間には昼間に顔を会わせた妃が、僕の両目にでかでかと写り込んでいたんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る