第2話

 僕はクテシアス。

 磯が香る漁村イビサに暮らす十五歳の青年だ。

 両親は二年前に他界して今は身寄りなし。

 おまけに父が取引でこいた大損も、僕の借金として相続させられてしまった。


 けど、これだけなら別に深く悲観しなかったと思う。


 村には漁業を生業にする村民がいるし、都市部に出稼ぎにでも行けば返せない額の借金でもなかった。どちらかを頼れば問題ない……はずだった。


 でも、それは僕の額に生えている角――僕は神話に出てくる一角獣の名をとって『ユニコーンの角』と呼んでいる――のせいで狂わされてしまった。


 呪われた子。

 どうして、角が生えてるの?

 変なの!


 差別的な言葉を浴びせられない日は、僕がおぼえている限り一日もなかった。

 家から外の世界に身を出せば、四方八方から心ない言葉がぶつけられる。

 近くにいてほしくないと思われている。

 そんな僕に村民が、その外の都市部の人間が、僕に仕事をくれるだろうか。

 答えはノーだ。

 

 よって、僕は本来ならまともな職にありつけずに惨めな最期を迎えるのだろうとつい最近、具体的には半年前まで思っていた。


 だが、それもとある病の流行により一転したんだ。

 病の名は梅毒。性交渉により発症し、体に発疹ほっしんが出たり、最悪死に至る恐ろしい病だ。


 僕が暮らすイビサはバリアスという島の中にあるんだけど、そこから西に位置する大陸では梅毒の流行が収まらないようで、領主達は自分の娘がそれに感染してはいないかと心配しているらしい。


 そんな理由で、彼らは僕の元を訪れるようになった。

 娘が梅毒に感染していないことを、つまりは生娘きむすめであることを確認するために。


 僕の額に生えている『ユニコーンの角』を頼りたくて。


 この角には特殊な力が込められている。

 んだ。


 になる。

 になる。


 どういった原理かは不明だけど、初めて僕に依頼をしてきた男――彼は聖職者で、その娘さんも神に奉仕する立場の人だった――から異教の神話にある『角を生えした王』の逸話を聞かされると、なぜだか納得できてしまった。


 その話だと、くだんの王は処女女神に仕える巫女を審査するために自分の額に生えた角を用いて試験をしたとのこと。やり方は先に僕が述べたのと同じだ。


 僕にもその王様と同じ力があったのか、と当時の僕は思った。物心ついた頃には生えていた角にそんな力があるだなんて想像さえしていなかったもの。


 そして、その話が眉唾まゆつばではないこともすぐに証明された。

 

 聖職者の娘さんで試してみたら、見事に角の色が変わったんだ。。これで僕の特殊な力は異教の神話にあったそれと同等だと証明された。


 ただ、その直後に彼女は酷い目に遭ったわけだけど……。こればっかりは僕も擁護しようがなかった。異性との交わりを掟で禁じられている人が、ましてや自分の娘が禁忌を犯していただなんて、あの人も予想だにしていなかったんだろうから。


 とまあ、そんな経緯で僕は自分の力を知覚したんだ。そこに突如起こった梅毒の流行。


 今思えば、なんと低俗な仕事を始めたんだと冷静に自分を見つめることができるけど、当時の僕は利子ばかりが膨れ上がる借金の返済で頭が一杯だった。


 ともかく僕は、自分にしかできない商売を始めたんだ。その名も『純潔診断』


 で、今現在、つまり開業から半年で百件近くの依頼を受け、その全てで僕は依頼主の娘――ほとんどが領主の娘だった――にことで遂に借金を返済できた。それだけは素直に嬉しかった。


 ただ、なんというか……。調というのはこう……羨ましいなんて密かに思ったりもしてた。


「下衆だなぁ、僕は」


 思わず呟いていた。


 自分が「男」として見られることは今後もないだろうということと、その一方で高貴な生まれの女性達の情事を明らかにした報酬で借金から解放されたという事実を重ね合わせると、申し訳ないという気持ちの方が強かった。


 本当にこんなことをしてよかったのかな?

 仕事を始める前に、首を括った方が良かったのかも?

 それなら、不幸になるのは自分だけで済んだじゃないかなあ。

 でも、もう遅い。

 角の力の被害者は出てしまったし、僕は借金を返済できてしまったんだから。


「失礼、よろしいですかな」


 僕が自嘲気味になっていると、ふと門口かどくちの方から声がした。この家を訪れるのは依頼人か徴税請負人ぐらいのものだが、今の声音は聞き馴染みのある徴税請負人のものじゃない。


 となれば、依頼人しか考えられない。


「どうぞ」


 呼びかけに応じて姿を見せたのは、一目で分かる大貴族の身なりをした男。今まで見てきた依頼人とは装飾品の数やその豪華さもまるで比較にならないような、貴金属が人の形をして歩いていると形容するのが適切だと思える人物だった。


(ん、妙だな? ちょっと聞いてみるか)


「仕事の依頼、ですよね?」

「そうだ。悪いか?」

「いえ、報酬さえもらえれば引き受けます。ですが、その、娘さんはどちらに?」

「王宮だ」

「はい?」

「王宮にいる。王妃様を調べてほしい。王の代理として、本日はワシがここを訪れたのだ。何か問題でも?」

「いえ、そんなことは……」


 王宮? 調査対象は王妃様?


 領主の娘ばかり調べてきた僕には、舞い込んできた仕事が今までのとは違ったものであることに驚きを隠せなかった。

 

してほしい、と陛下は仰せだ。すまないが今すぐワシと同行願いたい。陛下は苛々しておられるのでな」

「わ、分かりました。王妃様が生娘ではないことを証明――」


 ん……?

 その要求はおかしくないか?

 王族って世継ぎを残すのも仕事じゃ?

 常識的に考えて、王妃様が生娘であるはずがないと思うんだけど?

 

 うーん、よく分からないな。


「ほれ、さっさと付いてきなさい」

「は、はい!」


 大貴族が召し抱える召使いのように、僕は大急ぎで王の代理人の後に付き従わされる羽目になったんだ。


 その後に予想外の事態が起こることなんて露知らずに。

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