幼馴染がサキュバスになって現れた!
つめかみ
本編
自室のベッドで気持ちよく眠っていると、なにかが身体に乗っかってくる感触があった。
おそるおそる目を開ける。
俺の上に馬乗りになっていたのは、よく知っている人物だった。
隣の家に住む幼馴染の女子だ。俺とマユは小さい時からの付き合いで、幼稚園から高校までずっと同じところに通っている。
「アラタ、起きた?」
「マユ、どうして?」
「おばさんに頼んで入れさせてもらった」
「いや、そういうことじゃなくてだな……」
時計に目をやれば、午前九時。今日は土曜で学校は休みだし、俺たちは家族ぐるみの付き合いだから、母親がマユを招き入れるのは不思議じゃない。
問題はそこじゃないんだ。
「なんで俺の上に乗ってるんだよ? しかも、そんな格好で!」
マユは黒いビキニを着用していた。しかも布面積がかなり小さいタイプだ。
それだけじゃない。頭からは左右に二本の黒い角が、背中からは黒い翼が生えている。
悪魔を連想させる姿だが、これは一体……?
「サキュバスだから」
「……は?」
「サキュバスなの、わたし」
サキュバスってのは、あれか?
男を誘惑して、精力を搾り取るっていう……。
「今まで人間のふりをしてたけど、これがわたしの本当の姿」
「ええ……」
なに言ってんだ、こいつは。
マユは昔から変わり者だ。口数が少なく、たまに発言したとしたと思ったら妙ちくりんな内容だったりする。
そんなだからマユは、周囲からも『不思議ちゃん』と呼ばれている。自分をサキュバスだと言うのも、さもありなんって感じだが……。
でも、長い付き合いの俺は知っているのだ。マユは決しておバカなわけじゃない。一見意味不明に見える言動にも、彼女なりの考えがあるんだってことを。
「マユ、なにが目的なんだ?」
「今からアラタと……えっちなことする」
「はあっ!?」
「わたしはサキュバス。当然でしょ?」
マユのやつ、俺とエッチなことをするためにこんな格好を?
やばい、興奮してきた。胸が急速に高鳴って、体中が熱くなる。
なにしろマユは、とびきりの美少女なのだ。
抜群に整った顔立ちはもちろん、なによりも目を引くのは、そのスタイルだ。
出るべきところはしっかり出て、引っ込むべきところはしっかり引っ込んでいる。いつだって男子たちの視線を集めて止まない、グラビアアイドル顔負けの体つきなのだ。
そんなマユが今、肌色成分満載のビキニ姿で俺の目の前にいる。裸に限りなく近いその格好は、彼女の魅力を余すことなく伝えていて……あらためて見ると、悪魔的にエロい。
もしかしてマユは、本当にサキュバスなのか? そう思わせてしまうほどの色気に、俺は思わず生唾を飲み込む。
「アラタ、誕生日おめでとう」
唐突にマユが言った。確かに、今日は俺の十八回目の誕生日だ。
「お、おう。ありがとう」
「アラタ、大人になった」
「ああ……そうだな」
十八歳になったので、これで俺も晴れて成人というわけだ。実感はまるでないけどな。
「わたしは、この時を待っていた……。サキュバスは、大人にならいくらでもえっちなことをしてもよい」
「えええっ!?」
マユは両手を伸ばし、俺のパジャマのボタンを外し始めた。
たちまち俺の胸元があらわになる。昨晩は暑かったので肌着は着用していなかったのだ。
「マユ……どうするつもりだ……?」
「えっちなことをしてアラタを落とす。落とされた人間は、サキュバスの下僕として一生添い遂げることになる」
「お、俺を下僕にするつもりなのか?」
「そう」
腰を曲げ、上半身を俺の身体に寄せてくるマユ。
柔らかいふたつの球体が、腹部にむぎゅっと押し付けられる。
うわあああああああ! なんだこの極上の柔らかさは! 気持ちよすぎる!
これは本物だ! マユは本物のサキュバスだったんだ! でなきゃ説明できないだろ! このエロさは!
彼女の体温と息遣いがダイレクトに伝わってくる。二人の肌が密着していることを、五感のすべてが伝えてくる。もうすでに落ちてしまいそうだったが、マユの行動はこれだけでは終わらない。
舌をペロリと出すと、俺の胸元をひと舐めした。
「ああああああっ!」
悪寒にも似た快感が背筋を走った。
もう一回、さらにまた一回とマユの舌が俺の肌を撫でる。そのたびにゾクゾクする感覚が生まれ、全身に鳥肌が立つ。
「やめ……マユ、やめて……」
俺の懇願に聞く耳を持たず、マユはレロレロと舌を動かしつづける。滑らかな感触が、俺の肌を這いずり回る。
……もうダメだ。落ちる。俺はマユの下僕になってしまう。
弱音が頭をよぎったが、それを必死に消し去り、なんとか声を絞り出した。
「うぅ……。マユ、だめだよ……こんなの……」
「どうしてだめ?」
マユは首を上げ、俺の顔を真っすぐ見据えてきた。
一点の曇りもない瞳が俺を射抜き、彼女の圧倒的な魅力を伝えてくる。やはりマユは、とんでもない美少女だ。
「わたしはサキュバス。えっちなことをするのが仕事」
「サキュバスだとしても……マユはマユだろ?」
「……アラタは、わたしとえっちなことしたくない?」
「いや、それは……」
そんなわけがなかった。だって俺は昔からずっと、マユのことが好きだったんだから。
でも、それを口にする勇気がなくて――。
「そ、それは別としてだな……俺は一生下僕として生きるのはいやだ」
「わたしは、アラタのこと下僕にしたい」
「な、なんで俺を?」
「む」
マユは眉毛を十時十分にし、頬をぷくっと膨らませた。
「……女心がわからないの、アラタの悪いところ。だからお仕置きする」
マユは再び俺の胸元を舐めだした。
「ああああぁぁぁ……」
舌の動きがさっきよりも広範囲に広がり、胸元から首の方へと、じわじわ移動していく。
「ふわぁぁ……って!? 痛っ!? 痛え! 刺さってる! マユ、刺さってるってば!」
マユの角が俺のほっぺたを突いていた。
思わず手で払うと、角はスポーンと勢いよく飛んでいった。
床に落下するマユの角。
よく見ると、カチューシャに角がついてるだけのものだった。
「……え? なにそれ? コスプレだったの?」
「……コスプレ違う」
「コスプレなんだな」
嘘をつくとき、『××違う』という言い方をするのは、マユの昔からの癖だ。
つまりサキュバスの格好はただのコスプレ。背中の翼もビキニのヒモに取り付けているんだろう。
嘘がバレて、気まずそうに目を逸らすマユ。
冷静さを取り戻した俺は起き上がり、彼女の馬乗りから抜け出した。
ベッドの上で向き合う俺とマユ。二人とも、なぜか正座だ。
二人とも肌を露出してるせいでどうも落ち着かないが、努めてシリアスな口調で言った。
「マユ、どうしてこんなことをしたんだ?」
「……だってアラタ、わたしと仲よくしてくれない」
「え?」
「アラタは、小学生のころわたしと仲よくしてくれた。でも中学に入ってから、つれなくなった」
「そ、それは……」
確かに俺たちは幼稚園のころからずっと仲よしで、小学校でも一緒に遊んだり家に帰ったりしていた。
そんな状況に変化が訪れたのは小六のときだ。
きっかけは、クラスメイトからからかわれたことだった。「お前らいつも一緒にいてラブラブだな! 将来結婚すんのかよ!」と。それ以来、マユといることが恥ずかしくなって、少しずつ距離を取るようになった。
中学に入ると自分からマユに話しかけることはせず、彼女から話しかけられてもそっけない態度を取るようにした。
そのころからマユは、日を追うごとに美少女に成長していった。当然モテるようにもなって、誰かがマユに告白をしたという話が耳に入るたび、胸がざわざわした。
それで気がついたんだ。俺はマユのことが好きなのだと。
だけども、再びマユとの距離を縮める気にはなれなかった。
どんどん美しくなる彼女が、俺とは決して釣り合わない、遠い存在になってしまったように感じていたから。
高校三年生になった今でも、マユは時折俺に話しかけてくるものの、こちらは塩対応をしていた。
「わたしはもっと、アラタと仲よくしたいと思ってた。昔みたいに一緒に遊んだりしたかった」
「そ、そうだったのか……。でもマユはモテるし、俺じゃなくても……」
「何人かの男子が告白してきたけど、みんな断った。だって、わたしが好きなのはアラタだけ」
確かに、マユに告白した男子は全員撃沈したという話は聞いていた。
……いや、それより!
「マユ、今俺のこと好きって言ったか!?」
「うん、好き」
「そ、それは幼馴染として、あくまで家族みたいな存在として好きって意味だよな……?」
「そうじゃない。異性として、アラタのことが好き。ずっと前から」
ええええ。マジか……。
じゃあ、俺たちはずっと両想いだったのか。
「アラタがなびいてくれないなら、強硬手段に出るしかないと思った」
「それで、こんなことしたのか」
コクン、とうなずくマユ。
まったく……なんてこった。
俺はずっと自分の気持ちに嘘をついて、マユを遠ざけてきた。でもそれは、完全に間違いだったんだな。自分が寂しいだけじゃなく、マユにまで寂しい思いをさせていたなんて……。
今回の騒動は、俺の心の弱さが招いたものだったんだ。
俺は背筋を伸ばし、マユの顔を真っすぐに見据えた。
「マユ、聞いてくれ。俺もマユのことが好きだ! ずっと前から好きだったんだ!」
「えっ!」
マユの目が大きく開かる。その瞳が潤いを帯びてキラキラと光り、彼女の容姿を一層魅力的にさせた。
「ほ、ほんとう? アラタも、わたしのこと……」
「ああ、本当だ。ごめんな、勇気がなくて今まで言えなかった。そればかりか、恥ずかしさからマユを遠ざけるようなことまでしちまってた」
「アラタっ!」
マユが抱き着いてきた。その勢いのまま俺は押し倒される。再び俺たちの肌が密着した。極上に柔らかい双丘がぎゅむむっ、と俺の胸元に押し付けられている。
「うれしい。アラタ……本当にうれしい」
「俺もだ」
「わたしたち、これで恋人同士……だよね?」
「そうだな……。ありがとうなマユ。最高の誕生日プレゼントになったよ」
「えへへ……」
俺たちはしばらく無言のまま抱き合っていた。
ずっと好きだった人と恋人同士になれた、その喜びを噛みしめる。
やがて、マユが口を開いた。
「……このまま、えっちする?」
「そっ……それは、ちょっと待った!」
俺は上半身を起こした。マユの身体を両手で押して引き離す。
「えっと……その件に関しては、もうちょっと待ってくれないかな?」
「どうして?」
「その……初めてだから自信なくて」
「大丈夫。わたしも初めて」
「……いや、俺は大丈夫じゃない。心の準備ができてない」
「むぅ……。アラタのへたれ……」
マユは頬を膨らませると、ぷいっと横を向いた。
……我ながらへたれだと思うよ。でも仕方ないじゃないか。初体験ってのは男にとって、戦場に向かうようなもんなんだ。めちゃくちゃ勇気がいることなんだよ。
「ご、ごめんなマユ。今日はまだテンパってて……。も、もうちょっと気持ちの整理をしてから……」
「…………」
「そ、そうだマユ! せっかくだから、今日はデートをしようぜ! な!」
マユはこっちを向いた。心なしかうれしそうな表情で。
「……わかった。それで許す」
「よし、決まりだな! どこに行きたい」
「アラタと一緒なら、どこにでも」
マユはまた俺に身体を寄せて、そっと背中に手を回してきた。俺の耳元で、彼女は静かにつぶやく。
「初えっちは、わたしの誕生日に、お願いしようかな」
「お、おぅ……」
マユの誕生日は三か月後だ。それまでに俺は成長して、彼女をしっかりエスコートできる男にならなきゃいけないな。なれるかな?
いや、なるしかないよな!
確かな決意を胸に秘め、俺もマユの背中に腕を回した。
幼馴染がサキュバスになって現れた! つめかみ @Nail_Biter
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