第12話 影と光の対話



ベッドに横たわり、僕はぼんやりと天井を見つめていた。昼間の出来事が頭の中を巡り、眠るどころか、心はますます重くなる。


「僕、これからどうなるんだろう…。何が可能で、何ができないのか…全然わからない。」

心の中で呟くように問いかける。


「お前が進むべき道を見つけるまで、私もその答えを出すことはできない。」

アルスの声が静かに響く。


「でも、目の前に起きていることだけでも、もう手いっぱいで…。本当に僕にこの力を使う資格があるのかな。」

僕は自分の手を見つめるように胸の前で握りしめた。


「資格など関係ない。お前が力をどう使いたいか、それだけが重要だ。」

アルスの声は冷静だが、その中に優しさが感じられた。「だが、覚えておけ。この力は万能ではない。お前一人で全てを救うことはできない。」


僕は目を閉じ、静かに息を吐き出した。

「分かってる。でも、せめて目の前にあるものぐらいは守りたい。それが…僕にできることなら。」


アルスは少し間を置いてから、柔らかい声で語りかけてきた。

「その意志を大切にしろ。それこそが、お前の力の源になる。」


その言葉に少しだけ心が軽くなった気がした。ベッドの脇にいる犬が僕の手に顔を寄せてくる。その温もりに、ほんの少しだけ安らぎを覚えた。


「ありがとう、アルス。」



次の日の朝、僕は制服店へと出勤した。普段通りの風景が広がっているが、昨日までの出来事がまだ頭の片隅にこびりついている。


店内では、加藤がすでに作業台に向かい、何かを描いていた。彼の真剣な横顔が目に入る。


「おはようございます、加藤さん。」

僕は挨拶をしながら作業スペースに向かった。


「おはようございます、七夕さん。」

加藤は軽やかに笑顔を返してくる。その笑顔には不思議な親しみやすさがあった。


「早いですね。もう作業してるんですか?」

僕が尋ねると、彼はスケッチを見せながら答えた。


「ええ、昨日少しひらめきがあったんです。それを形にしておきたくて。」


スケッチには、制服のデザインが緻密に描かれていた。その線は洗練されていて、どこか温かみを感じさせる。


「すごいですね…。僕じゃ思いつかないデザインです。」

僕は素直に感心した。


「いやいや、七夕さんのデザインも素晴らしいですよ。」

加藤は穏やかに微笑んだ。「デザインって、その人の内面が現れるものだと思うんです。七夕さんの作品には誠実さや温かさが感じられる。それは僕にはない部分です。」


その言葉に少し照れながらも、嬉しさがこみ上げてくる。

「ありがとうございます。でも、僕なんかまだまだですよ。」


加藤は軽く肩をすくめて言った。

「誰だって最初はそう思うものです。僕だって、最初は何度も失敗しました。でも、それが今の自分を作ってくれたんです。」


その言葉に、僕は少しだけ加藤に対する警戒心を緩めた。彼の柔らかい態度と言葉は、どこか親近感を抱かせるものがあった。



昼休み、僕が休憩室で弁当を広げていると、加藤が手にコーヒーを持ってやってきた。


「七夕さん、一緒に休憩してもいいですか?」


「あ、もちろんです。」

僕は少し驚きつつも、席を空けた。


加藤はコーヒーをテーブルに置き、椅子に腰掛けた。

「七夕さん、ずっと聞きたかったんですけど、どうして制服デザイナーになろうと思ったんですか?」


「え?」

僕は思わぬ質問に一瞬戸惑ったが、少し考えてから答えた。「高校の時、学校で着ていた制服がすごく素敵で、それを作った人の話を聞いたんです。その人が言ってました。『制服はその人の物語を包み込むもの』だって。それがずっと心に残っていて。」


加藤は感心したように頷いた。

「いい話ですね。その言葉、なんだか七夕さんらしいです。」


「そうですか?」

僕は少し照れくさくなりながら笑った。


「ええ。あなたのデザインには、そういう“人を想う気持ち”が滲み出てますから。」

加藤は微笑みながらコーヒーを一口飲んだ。


その会話をきっかけに、僕たちは仕事以外の話もするようになった。加藤の気さくな態度に、次第に友人のような親しみを感じるようになっていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る