2 美大と理系大

 ——新しい時代を感じる平成となる。


 地獄にも垂れたる糸に、押し退けてしがみついてはいけない。卒業式でお決まりの歌で別れ、我々は呪縛から逃れられたと思ったのが間違いだった。


 確かに美大には入れた。デザインと木工、金工、陶芸などの工芸と触れ合い、座学も楽しい。特に西洋美術史と色彩学、心理学は面白かった。成績も普通に勉強するだけでオールAがもらえた。母が、「体育だけはBなんだろう」と執拗だったが。残念ながらAだ。


 母校で二週間の教育実習があり、素敵な生徒達に恵まれてよかった。私達を三年間担任された先生も同じように思ってご結婚されたのなら嬉しい。


 卒業年次には早速ラスボスが見えないマントを着けてのご登場だ。学生は卒業制作をする。私は自助具じじょぐをデザインした。


 顔も名前も知らない教授が、「こんなものは年寄りが使いたがらないね」と、実際に教えにきている先生方から聞かされ、がんばりは一切評価されずに負け戦だった。


「純生ちゃん、いいテーマなのに認められなかったね」

「私は欲張りだから首席を狙っていたよ」


 美大の発表があり、運悪く本年は受験を見送った。一年間は神保町じんぼちょうにある予備校へ籍を置いたが、それよりも本を読み漁って、三省堂さんせいどうにあるランチに舌鼓を打った。


 美大では屈服したが、入試での実力を補わなければと歯を食いしばるしかない。


「申し訳ないけど、沢山受けさせてください」


 受験料の負担を両親に頼み、白鳥が空へ舞う頃、私も飛び立った。


 ――平成四年。


 すぐさま入学手続きが必要だったので、遠方の大学へ合格発表を母が見にいった。


「ただいま」

「落ちたんだよね。お母さんから連絡もなかったし」

「純生ちゃん、よかったね、よかったね」


 公衆電話が混んでいたらしい。母には迷惑をかけていた。他の大学も殆ど合格しており、国立も受かっていた。


 母は自分の父を好きだった。うみなし県に暮らしていたので、幸子に、「トビウオはこんな姿で飛ぶから」とただ食べないで教えてくれたそうだ。母へは、「おあしってお金のことね。口を開けばおあしの件で、料理も干瓢のお味噌汁しかできなくて」と零すが、経済的な主導権は祖母が持っていたそうだ。


 自分の両親に、孫の純生は立派だと自慢しにいったことがある。


 川崎かわさきに暮らす祖父母のもとへ母と合格をしらせた。「郵便で厚いのがきたら合格で、薄いのは不合格だよ」と教えていても、母は猫みたいに容赦なく開けてしまう。


 私が払える安い迷惑料だと思って甘んじたが。破けたものを中を出して伝えた。


「おじいちゃん、沢山合格したんだよ」

「うんうん。よかった」


 祖父は耳が遠く、書類をよく見て理解してくれた。国鉄こくてつの年金を伯父の奥さんが持っているので、誰かのお土産でもない限り祖父のものはない。こそっと祖父母の戸棚からお饅頭を出してくれた。これが精一杯の祖父のおもてなしなのだ。


 また、誰もお酒は飲まないのに、情けなくも善がいくと、冷蔵庫から缶ビールを持ってくるのがこれもまた祖父のおもてなしなのだ。


 ——四月に入学式へいった。


 数ある合格校の内、遠方ではあっても文化祭が豊かであったり、育種学もあり学部不問の研究所のある大学を二つ目の大学に選んだ。


 二年次以降は成績が上位三パーセント以内で人物評価が極めてよい者を推薦で審議されて特待生になれる。これも魅力的で、実際に特待生の受賞と学費免除を得た。テストの点数はどれくらいか聞かれるが、最低で満点が至極当然だ。先生方の出題に対して、予想を上回る回答も必要だ。細かくしぶとく。設問が一つなら、答案用紙の裏も使用する。欠席はあり得ない。提出物は楕円定規を使ったりして内容だけでなく見た目も美しくする。

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