第5話 モブ兵士、剣聖と隊長の試合を見る

 悪夢を振り払うように走り、訓練場に辿り着いた時には、僕はうっすらと汗をかいていた。


 以前の夢の時よりも、おそらく早く辿り着いたのだろう。

 前の時にはもう終わっていたはずの戦いがまだ続いていた。


 訓練場の中央、互いに木剣を持ってで戦うのは、僕にとっての憧れの隊長ともう一人、青い長髪を尾のように後ろでまとめ、凛とした雰囲気を持つ女性、剣聖と呼ばれる存在であった。


 彼女の名は剣聖マイ。


 僕の住む王国から東の島国出身の剣士であり、人類軍最高峰の英雄の一人。


 純粋な剣技だけなら勇者以上であり、彼女の持つ剣技のいくつかは概念的要素も含むとも聞いたことがあった。

 嘘か本当かは分からないが、死なない神を斬った、などという逸話もあるくらいだ。


 以前の時にはヴァン隊長との戦いは僕が着いた時点でもう終わっていて、感想を話している段階だったが、こうして今も戦っている二人を見れたことは僕にとっては幸運なのかもしれない。


 2人を遠巻きにし僕の他にもその戦いを見つめる人たちが大勢いた。憧れのヴァン隊長と剣聖マイの戦いは、僕からすれば天上の戦いとも言える。

 

 でも、天上の戦いであっても、僕の目からみて隊長は劣勢だった。

 真剣な表情の隊長が繰り出すのはしっかりとした素晴らしい剣。

 一流の剣であり、研鑽の果てに得られる剣の到達点、僕の憧れだ。


 対する剣聖の繰り出す剣は、やはり勇者セインと死の嵐であるディーガの戦いの時に感じた感覚に近い。

 自分という存在から遠く、地続きでない感覚がした。

 言語化するのは難しいが、明確に「違う」のだ。

 剣聖の、彼女の表情にはまだ余裕もある。

 だがその表情に反して、繰り出す剣は隊長よりもさらに鋭く、早く、激しい。


「いや~よく凌ぐ、素晴らしい剣だね!」


 剣聖がそう言いながら、無数の剣閃を空間に放つ。

 そのどれもが苛烈であり、一つでも捌き方、受け方、避け方を間違えればたちまち斬り伏せられてしまうだろう。


 その一つ一つを、ヴァン隊長は丁寧に、正確に返していく。


 だがそこには一切の余裕もなく、両者の力の隔絶を感じた。


 剣聖マイの言葉だけ聞くととんでもなく傲慢な物言いなのかもしれない。

 事実としてやはり剣聖の方が圧倒的に強い。

 その強者からの掛け値なしの称賛だ。

 きっと言われた隊長も悪い気はしないだろうし、言葉からも嫌な感じは全くしなかった。


「それは光栄です…ねっ!!


 その賞賛を受け止めた隊長は答えながら渾身の力で、剣聖からの斬撃を一つ大きく弾いた。

 そして劣勢の中、斬撃の隙間を縫う、強烈な突きが放たれる。

 空気に穴を空けたような一撃は、少し距離のある僕にも音が聞こえてきそうなほどであった。

 剣聖の顔面に向け放たれた高速の突き。

 これ以上の無いタイミングで放たれた、ここしかない、これしかないという逆襲の一手。

 弾かれた剣聖の身体はまだ僅かに泳いでいるし、あの体勢からあの突きを止めるのは難しいように思えた。


 しかし、その状況の中剣聖が嗤った。


 その表情を見た瞬間、僕にはあの地獄のような戦場の感覚が一瞬蘇った。

 

 そして突きに対し剣聖が行ったことに、僕は驚愕した。

 いや、僕だけではない、それはヴァン隊長も、周りで見ている大勢の人たちもそうだろう。


 剣聖はヴァン隊長の高速の突きを完全に見切り、突きの先端に自らの剣先をふわりと当てると、まるで何事もなかったかのように、その衝撃を全て後ろに散らした。

 

 まさに、絶技。


 渾身の一撃を吸い付くように受け流された隊長は突きを放った体勢のまま硬直させ、その首に隊長の左側面に踏み込んだ剣聖がそっと剣を添えた。

 

 完璧で完全な決着だった。


 僕のその一連の攻防を目に焼き付けた。

 

 届かないとしても、モブ兵士であっても、一人の剣士としてこれだけのものが今目の前に示されたのだ。


 剣を使うものとして、心を、魂揺さぶられないはずがない。


 隊長の逆襲から決着までの攻防は本当にあっという間だったが、僕は知らぬ間に止めていた呼吸を、息を大きく吐き出すことで再開させた。


 隊長と剣聖が言葉を交わす。


 ここからは、夢の中の光景と同じだった。


 隊長と言葉を交わした剣聖は、訓練を終えて去るはずだ。


 だが、夢の中の剣聖が訓練場を去るタイミング、隊長との会話を止めるはずだったタイミングで、彼女の視線が突然僕に向けられた。 


 心臓を鷲掴みにされたような感覚が僕を襲う。


 そして視線を全く外していなかったはずなのに、僕から距離もあるはずなのに、彼女は気づけば僕の眼前にいた。


 

 

 

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