第3話:魔王と言うなの道化

───人類を滅ぼしてもらう。


 ロアから放たれた言葉は到底理解出来る物ではなかった。


「じ、人類を、滅ぼす?」


「そうそう、人類を滅ぼす」


 あっけらかんとした様子でとても物騒なことを言っている。


「本気で、本気で言っているのですか!? 人間が好きと、そう言っていたではありませんか!」


「うん、僕は人類は好きだよ」


「でしたら、なぜですか」


 まるでそう聞かれるのをまっていたかの様に、意気揚々と語り出す。


「言っただろう? 世界を創り直すって。その為には一度魂を回収してしまう必要があるんだよね! ほら、掃除する前に邪魔な物を片付けるでしょ。それと同じ」


「では、創り直したら......」


「回収した魂を元にまた人類を生み出す。完璧でしょう?」


 腰に手を当て誇らしげにするロア。


「いやー、魂が無いと僕でも大変だからねー。命を創り出すなんて本当に大変なんだよ?」


「大変だとしても創り出せるなんて、流石神様ですね」


 禍夜音は感嘆とした声を漏らす。


「ふっふーん。あ、言ってなかったけど契約によって強制力が働いているから無理だけど、もし拒否しようとしたら相応の裁きを受けるからよろしくー」


「わ、わかりました」


 おどけた調子で後から後から重要な事を出してくるロアに、顔を引き攣らせながら禍夜音は返事を返す。


「人以外の生物はどうするんですか? 」


「ん? あぁ。僕が回収しちゃうよ」


 当たり前じゃん! と言いながらダブルピースをかます神に禍夜音は、内心辟易している。


「では何故、人だけは私が回収を?」


「それはほらぁ、あれだよ! あれあれ!」


「あれとは?」


 首を傾げる禍夜音にロアは満足気に言う。


「ゲームだよ。ゲーム。世界を滅ぼそうとする魔王とそれに必死に抗う人類。僕一度本物を見てみたかったんだよね!」


「ゲーム、ですか」


 考え方が根本から違いすぎる。

 純粋に人類の滅びる様を娯楽にしようとしているロアに禍夜音は声も出ない。


「そう。そのためにダンジョンを作ったり、人間の国の無駄に偉い奴を洗脳......交渉。そう交渉! してギルドなんかも造ったんだよ」


「誤魔化せていませんよ......てっ、えっ!? 造ったんですか?」


「うんそうだよ。僕が造っちゃった。テヘペロ」


「い、いつですか?」


「ありゃ、言ってなかったけ。一応ついさっきなんだけど。ここは時間の進み方が違うからねー。今は五年ぎり経ってないぐらいかな」


 次々出される新情報に理解が追いつかない。


「まあ、そういうものだと思って飲み込んでね」


「......。はい、わかりました」


「よしっ! それじゃあ脱線した話を戻すよ。君が望んでいる莉の命は人類を全滅させられたら、生き返らせてあげるよ」


「全滅させたら、ですか」


 人類を全滅させなければ莉を生き返らせてはくれない。


 正直を言うと禍夜音はこうなる事が何となく分かっていたのだ。

 目の前の存在がそんな優しいものでは無い、と。


「傷つくなぁー。そう思われると」


 ニヤニヤしながら胸を抑え禍夜音を見る。


「やはり心も読めるのですね。すみません。失礼な事を考えました」


「いや、良いんだよ面白いし。勝手に読んだのも僕だしね」


「寛大な御配慮をありがとうございます」


「あはは、慣れてきたね。僕の扱いに」


「いえいえ、とんでもないです」


 二人して満面の笑みを浮かべる。

 その腹の内は、知らぬが仏というやつだろう。


「でもそうだねー。折角だし僕の偉大さをわからせてやるのもいいか......」


 ロアの周囲に魔法陣のような紋様が数多に浮かんでいる。

 その壮大な見た目に禍夜音は目を奪われる。


「ほいっ。そーれぇ」


「───! 莉!?」


 ロアの前には莉が寝かされていた。

 駆け寄ってみると、莉からは確かに心臓の鼓動が感じられた。


「これは、ロア様どういう」


「僕の偉大さを見せつけると共に、僕が本当にこの子を生き返らせる力があると証明するためかなー」


「な、なるほど」


「でもまだこの子は絶対に目覚めない。僕が目覚めないようにしてるからだ。結局のとこ、再開をしたいなら僕との契約に従い人類を滅ぼしてからだ」


 涙が溢れて止まらない。

 未だ眠っている状態ではあるが、本当にまた生きている莉に会えるとは思っていなかった。


「魔王には、人類を滅ぼす力がなくてはいけないですよね?」


「まぁーそうだね。元々僕が見たいのも圧倒的な力で蹂躙する! みたいな感じだからね」


「では、何か力を授けて頂けると見て間違いありませんか?」


「ほう? 禍夜音、君は今僕に力を寄越せと言っているのか?」


 ───もう迷う事など無い。


「はい、そうです。でないと世界中からミサイルを撃ち込まれて......」


 禍夜音は口を指で触り、笑みをつくりながら───


「"DEAD END"ってやつですからね!」


 少女の顔が頭に浮かぶ。

 莉ならきっとこう言うだろう。


「あはは、面白いし良いよ。僕にそんなに堂々と要求するやつなんて居なかったよ」


 ロアは地面を転げ回りながらそう言った。


「出血特大大サービスだ。受け取りな」


「ありがとうございます。ロア様」


「ふんっ。まあいいさ」


 ロアの手から赤い光が放たれる。

 その光は真っ直ぐ禍夜音に近づいていき、胸に触れると溶けて消えてしまった。


「これで大丈夫だ。せいぜい僕を楽しませる為に励めよ」


「はい」


「あ、忘れるとこだった。もう一つサービスであげる」


 ロアは目を瞑り、呼吸は深く、集中しているようであった。

 神であるロアが集中して何かを初めようとする様子に、禍夜音は気を引き締めた。


「汝に命ずる。汚れたこの世界を、腐敗したこの世界を、醜くく許し難いこの世界を、創り直すことを汝に命ずる」

 

 ロアの周囲は青や紫の光が混ざり合いながら渦巻いている。

 そんな幻想的な光景を禍夜音は眺める。


「魔王として世界に粛清せよ。君臨し続けよ魔王として、舞い続けよ道化として」


 禍夜音はロアの声を聴き込んでいる。

 禍夜音自身、何故ここまでこの言葉に心奪われるのかわからない。───そう。まだわからない。


「このロアの名において契約は成立する。終宵しゅうしょうにて、舞え」


 ロアが言葉を止めると周囲を照らしていた光も消え失せた。

 禍夜音は何とも言えない余韻に浸かっていた。


「よし、今度こそこれでお終い」


「はい。本当にありがとうございました」


 ロアはホントだよホント。とぼやきながら禍夜音をじとー、と見つめる。


「では、もう一度命じよう。禍夜音、僕を楽しませてみせろ」


「はい。お任せください」


 覚悟は決めた。

 決意は固めた。

 もう迷うことは無い。

 必ずあの子を、莉を救ってみせる。


 ───君と再び会う為なら魔王にでも、魔王を演じる、愚かな道化にでも私は成ってみせる。例え、名の通り"禍"になってしまったとしても......



                             第0章 完

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