第2話:異質な子ども

レイを、生き返らせる、ですか......?」


「ああ、そうさ。あの小娘を救う方法さ」


 子どもは片目を閉じ、おどけた調子で言う。

 普段の彼であれば警戒を強めるだろうが、今の彼には......。


「教えていただけませんか? もし本当に莉を生き返らせる方法があるのであれば......」

「───莉の為ならこの魂ぐらい、悪魔にでも何にでも差し出します......」


 まともな判断など出来やしない。

 そんな少年の答えに口角を上げ、ニヤリと笑う。


「良いだろう。流石、僕が見込んだ人間だ」


 そう言うと、世界が白に包まれる。

 空も地面も遙か先も白で埋め尽くされている。


「これは......」


「悪いけど、説明は面倒くさいからしないよ」


 少年は無言で頷く。

 それを見て満足そうに微笑む。


「では、話をしようか。───蒼月ソウゲツ 禍夜音カヤネ


「......。どうして私の名前を知っているのでしょうか」


「そんなことは些事だ。それにしても酷い名前だねなんて」


 わざとらしく、悲しんでいるような仕草をして少年に───禍夜音にそう聞く。

 自分の子どもの名前に"禍"という字を入れる親が居るなんて、常人では到底信じられない話だろう。


「いえ。私にはこれくらいの名前がお似合いですよ。ましてや、名前を付けてもらい家名を名乗ることを許して頂いているのです。十分ではありませんか」


 そう言うと目の前の存在に笑って見せる。

 気味の悪い白髪に、怪しさが光る紫紺の瞳、屍の様な雰囲気。


 そんな自分にこの名前は妥当だと禍夜音は思っている。


「良いね。嫌いじゃないよ。その強がり」


「ありがとうございます」


 どうやら今の答えを気に入ってくれたらしい。

 そして、目の前の存在は一つ咳払いをして口を開く。


「そろそろ本題に入ろうか。僕の名前はロア。君たちの言うところの、さ」


 ロアは神々しくも、禍々しくも感じるオーラを放つ。

 先程までも凄まじかったが、その比にならないほどの存在感、威圧感を放っている。


 禍夜音は冷や汗をかきながらもロアと名乗る者を見つめ続ける。


「見上げた心意気だねぇ。益々気に入った。神を名乗る者の前でも堂々としているなんて。普通はもっと混乱するものだよ?」


「生憎、最近はそれどころでは無いことがありましてね。少し、狂っているのです」


 ロアは再び笑みを浮かべ、楽し気に笑う。


「契約をしようか蒼月禍夜音。」


「契約、ですか?」


「そう。契約さ」


 ロアは腕を広げ続ける。


「僕はこの腐りきった世界を創り直したいと思っているんだ」


「世界を、創り直す......」


「そう。この世界は完璧ではない。君も分かるだろう? 今まで誰よりも君が体験して来たはずだ」


 ロアは禍夜音に指を突き付ける。


「君はそんな世界で何も思わなかったのかい?」


 禍夜音は深く、まるで何かを抑えるように深呼吸をする。


「全くとは言えませんが、それでも世界が不完全とは思ったことがありません」


「ほう」


 面白そうに、興味深そうにロアは禍夜音の続く言葉を待つ。


「それに、私はとても幸せでした。もっと、もっと大変な思いを、辛い体験している人がこの世にはいますよ」


「成程、自罰的な君らしいや」


 禍夜音の回りをクルクル回りながら、実に楽しそうに話を聞いている。

 "自罰的"。禍夜音は何故そう言われたのかわからなかった。


「でもねぇ、僕は世界を変えようとしている。人間なんかがやろうとしても不可能だろうが───」


 ───僕は神だ。


 突如、ロアから放たれた覇気に禍夜音は耐え切れず崩れ落ちた。


「あ、ごめんごめん。流石に調子に乗り過ぎたよ」


 片目を閉じ、舌をだしながら神は軽く謝罪をする。


「い、いえ。大丈夫、です」


 今までも強大な威圧感を纏っていたが、それを遥かに上回る物だった。

 足を震わせ必死に逃げろと叫ぶ本能を、頭を振って振り払う。


「話を戻そうか。誰だって傷付きたくは無い。そうだろう? だったら誰も傷付かなくても良い世界を創れれば、それは素晴らしい事だとは思わないかい?」


 慈愛に満ちた表情でロアはそう続ける。


「一つ質問をしてもよろしいでしょうか」


「なんだい?」


 禍夜音はロアの話に違和感を覚え、質問をする。


「世界を良くしたい。と言う気持ちは分かりました。ですが、少し人間より過ぎませんか? 神であるのなら、他の生物達にも目を向けるべきではないでしょうか?」


「ふむ、成程。面白い意見だ。人間がそのような反応を示すとは思わなかったよ」


 ロアは実に興味深そうに強く頷く。


「では、答えよう。何故僕が人間にとって都合の良い世界を創ろうとしているかを。それはねぇ」


「そ、それは」


 禍夜音は固唾を飲んで続く言葉を待つ。


「僕が人間の事が好きだからさ」


「人間の事が、好き?」


 予想もできなかった答えに驚愕を示す。


「ああそうさ」


 楽しそうに、嬉しそうに、恍惚とした表情で語り出す。


「だって! あんな醜い下等生物、僕は見た事が無い。同族同士で欲の為だけに殺し合い、傷つけ合い、罵り合う。こんな面白い生物なんて他にいないじゃないか!」


 ロアは早口で捲し立てる。

 その様子はとても歪で、人ならざる者だと言う事を改めて体全身で感じる。


「素晴らしい世界になって仕舞えば、貴方が好きなその醜さも無くなってしまうのでは?」


 冷や汗をかきながら神に問う。


「ああその通りさ。でも良いんだ。これまで散々楽しませてくれたからねぇ。そのお返しさ」


 ロアの言うことが全て本当だとは全くとして思わない。

 ───しかし、今はそれで納得しておく。


「なるほど、そういうことでしたか。質問に答えて頂きありがとうございました」


「ふふふ、いい子だ。大した事ではないよ。気にしなくていい」


 冷や汗が止まらない。

 どうやら先程の判断は間違っていなかったらしい。

 ロアの様子から禍夜音を試していた事が見て取れる。

 

 そのことに安堵して息を吐く

 もしも判断を間違えていたら───考えたくも無い。


「改めて問おう。禍夜音、君はあの小娘を救うため、僕と契約する気はあるかい?」


 ロアは禍夜音へ手を伸ばす。


「僕に何をさせるつもりですか?」


「どおりだね。だけどその質問には答えないよ。契約を結んでから伝えよう」


 禍夜音は歯噛みする。

 しかし、ロアは飄々とした態度で続ける。


「別に僕は君と契約しないで生じる不都合は無いんだ。君が望みを叶えられるか、叶えられないかの違いしか無い。僕にとってあの小娘一人の命なんてどうでもいいんだから」


 その言葉を聞き、苦々しく思い顔を伏せる。


「やはり、そうですよね......」


「うん、君は聡明だね。他の人類だと激昂したりするのに、君は冷静だ。僕の機嫌を損ねると、どうなるかわからないもんね」


 ロアは物語で言うところの黒い龍となり禍夜音を見下ろす。

 とても禍々しく、見た者へ絶望を与える存在であった。


 禍夜音は一周回って驚かなくなっていた。

 なかなかに図太い精神の持ち主である。


「あ、ありがとうございます」


「そろそろ聞こうか、答えを。契約する気はあるかい? 禍夜音」


 再び差し出される手。

 禍夜音の答えは疾うに決まっている。


「───契約します。莉を救うためならばどんなことでもしてみせます」


 ロアは邪悪な笑みを見せる。


「契約成立だ」


「ふふ、やっと演技ではなく、本当に笑いましたね」


「ありゃ、気づいてたんだ」


「はい、これまでの笑顔はだけで、目は笑えていませんでした」


「なるほど。君は僕の事を良く見ているね」


「ありがとうございます。人を見る事と、笑顔については私の得意分野ですので」


 自慢げにロアに微笑む。

 少しはやり返せたと言わんばかりに。


「気に入った、本当に気に入ったぞ。蒼月禍夜音ェ!」


 ロアは大笑いしながら叫ぶ。

 ある程度笑いが落ち着くとロアは語りだした。


「では、これからの話をしよう。禍夜音、君は僕が莉を生き返らせる代わりに───」



「───人類を滅ぼしてもらう」

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