第1話:禍いの子 下

「危ない! かーくん!!」


 鋭い声が響く。

 その声に驚き周囲を確認しようとしている少年をレイは強く後ろに引っ張る。


 二人の位置関係が入れ替わり、倒れた少年は痛みに顔を歪ませながらも莉を探す。


「けふっ......」


 見つけた少女は口から血を吐き、地に倒れこんだ。


「え......? 莉」


 赤い紅い、生物の、命の象徴が地面を染める。

 少女はもう一度口から血を吐く。


「え? なんで? 俺は何でこの子を刺して? 俺は忌々しい不気味なガキを......そう! ガキを! え? なんで、なんで?!」


 少女を刺した者が狼狽え、血がこびれ付いた刃物を落とす。

 少年は現実味の無い光景に理解が追いつかない。


「俺は、俺は俺は俺は、俺は俺は俺は俺は俺はぁ!!」


 黒いフードを被った人物が両手で強く頭を抑え、よろけながらも必死に走り出す。

 少年には目もくれず叫び、呻き、狂乱し消えた。


 そこでようやく少年は我に返り少女に駆け寄る。

 血を流す手足など気にもせず走る。


「莉!!」


「か、かーくん?」


「はい私です! 今私がどうにかします。してみせます! 絶対に大丈夫ですから! 安心してください!」


「かーくん......無事?」


 涙が溢れ出す。

 止めようとしても止まらない。


「はい! 無事です。莉のお陰です!!」


「よかっ、た......」


 苦しげに微笑む莉。

 頭は何故か冷静でもう助からないと呟く。

 それを必死に振り払いながら、止血を試みる。


 しかし、命の灯火は着実に弱まっていく。

 失わせてなるものか───これ以上自分のせいで誰かを死なせてなるものか。心の中で強く叫ぶ。


「莉、まだ来年の誕生日プレゼントを渡せていません......」


「─── 」


 莉の反応がない。

 少年は涙を堪えながら続ける。


「私の誕生日パーティー、いつも開きたいって言ってましたよね? 私が断ってるからやってませんでしたが、今年はやりましょう。起きて、起きてください」


 返事は無い。

 少年は尚も少女に呼びかけ続ける。


「大きな声が聞こえたけど、大丈夫? 二人共」


「!お母さん。救急車! 救急車を呼んでください!」


「え? 急にどうし......莉?! どうしたの?! ねえ、莉!」


 莉のお母さんが血相をかいて飛んでくる。


「お母さん救急車を早く! お願いします!」


「わわ、わ、分かったわ!」


 急いでスマホを取り出して電話を掛ける。


「間に合ってください! 間に合って! 間に合って!」


 ───願いも虚しく少女の体はどんどん熱を失っていく。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 あれから数十分後。

 莉は到着した救急隊により病院へ運ばれ、少年も莉のお母さんの車で病院へ向かった。


 病院に着いた後、集中治療室の前の椅子に座り手術の成功を願い、待つ。


 未だに信じられないのである。

 つい数時間前まで話していた少女に、突如としてこんな事が起こるなんて......。


「私が、私がもっと周囲を警戒していれば。あのひ、あいつに気がついていれば......」


 後悔が止め処無く溢れてくる。

 少年は自分を責め続ける。


「蒼月くんは悪くないわ。莉はきっと自分のせいであなたが苦しむ事が辛いと思うの。だからそんなことは考えないで、莉の無事だけを思ってあげて」


 少年が隣を見る。

 隣に座る莉の母の手は固く握られ、酷く震えていた。


 ───それからは無言で莉の無事を願い続けた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 手術中と光るランプが消え、医師が中から現れた。


「莉は? 莉は助かるんですか?!」


 莉のお母さんが医師に駆け寄り、早口で捲し立てる。


「......」


 医師達は少し顔を歪ませる。

 そして、一呼吸の後に口を開いた。


「全力は尽くしましたが、残念ながら......」


 その言葉を聞いた時少年は世界から色が失ったように見えた。


 「そんな......嘘、でしょ?」


 莉のお母さんはそう言うと膝から崩れ落ちた。


 少年も頭を抑え蹲る。

 これまでの自分の行いに酷く後悔を抱いて。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


『この禍いを齎す呪われた子供めぇ!』


 少年が記憶のある中で一番古い時の記憶。


『おまえのせいであの子は死んだ! お前のせいで、死んだ、死んだ死んだ死んだ死んだ! 死死死死死......』


 全ての感情をぶつけるように叫ばれた。


『忌々しい事におまえは憶えていないだろぉなぁ! 教えてやろう、おまえの罪を! おまえが運んだ禍いを!』


 幼き頃の少年は泣きながら蹲まり、謝り続ける。


『泣くな! おまえが産まれた一月二十五日。おまえはその日、おまえ自身の母親と双子の女の子を殺したんだよ!』


 語られるのは悲しい現実。

 少年に叫ぶ人物も手を強く握り、歯を強く食いしばる。


 泣くのを無理矢理堪えたせいで、変な声が溢れ続ける。


『唯一生きていたおまえの髪は汚らしい白、おまけに瞳は怪しげに光る紫! 何故おまえが生き残った? 母親が、せめて両親の望んだ女の子が生き残れば良かったんだ』


 一呼吸を挟み更に続ける。


『おまえに関わった人間には必ず禍いが齎される! 私もだっ! 私もおまえのせいでいつか禍いが齎されるのだろうなっ!』


 忘れられない昔の記憶。

 忘れようと思っても離れてくれない叫び。

 この記憶がこの先も少年を縛る鎖となった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 莉がいなくなってからというもの少年は無気力で、この世を彷徨う死霊のように生活をしていた。


『君のせいじゃ無い。君が自分を恨む気持ちも分かる。が、もっと自分を大切にしなさい』


 あの日、後から合流した莉の父親が声を震わせながら言った言葉。


『なんでっ! なんで! おまえは朝比奈さんを守れなかったんだよ! ───おい! 答えろよ! ───答えろって言ってんだ!』


 いつだったか莉に好意を抱いていた男から言われた言葉。


『君が無事で良かったよ。怪我は大丈夫かい?』


 いつだっか恩師に言われた言葉。


 他にも様々な言葉を、感情を向けられた。

 少年だけでなく莉の存在は他の人々にも大きい物であったのだ。


「やはり、私が、莉に近づいたのが、いけな、かったのでしょうか......?」


 誰一人居ない公園で誰に言うでも無く、只々自問自答を続ける。


「私はこれから、どうすれば良いのでしょうか?」

「私なりに身を弁えていた筈でした......」

「なんで、なんでなんで!」


 叫ぶ。心の底から叫ぶ。


「あれでも私には幸福すぎたということでしょうか?」


 ───答えは未だ出てこない。



「あの小娘を生き返らせる方法。教えてあげようか?」


 突然声が聞こえた。

 少年が顔を上げると、目の前には黒髪の男の子が立っていた。


 ぱっと見は顔立ちは異常に整っているが、それを除けばただの子ども。

 

 しかし、恐ろしい程の威圧感を纏っていた。

 異質な存在を前に声どころか指一本動かせない。


「もう一度言うよ。小娘を生き返らせたいかい?」


 目の前の異質な存在はそう言い、不気味な笑みを浮かべた。

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