終宵。舞うは道化か、無価値な愚者か

夜夜月

0章 禍いとなる者

第1話:禍いの子 上

 ───産声が響く。

 ───怒号が響く。


 ───泣き声が木霊する。

 ───うめき声が木霊する。


 ───この世に生まれた新たな命を祝福するものは、誰一人としていなかった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 朝日に照らされ神秘的に輝く白亜の長髪を後ろで一つに結んだ長身の美丈夫が、一人駅にて電車を待っていた。

 菫色の透き通った瞳を持ち、手足はすらりと長い。

 容姿端麗で男性とも女性とも見える容姿をしている。


 しかし、悍ましい程肌の、体の色が白いのである。

 生きているのか、死んでいるのか? まるで分からない雰囲気を纏う存在であった。


「おっはよー! 今日を"enjoy"してるぅ? かーくん」


「相変わらず朝から元気ですね。まぁ程々にエンジョイしてますよ、レイ


「ふふふー、よかったよー。」


 むふーと、言いながら胸を張る少女。

 金髪碧眼で、ボブくらいの長さの髪に白と黒のストライプ柄のリボンを留めている。

 少女は人々が好む、愛想の良い笑みを浮かべている。


「あ、電車来た! ほらほら、乗るよかーくん!」


「ふふっ、分かってますよ莉」


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


「駅から学校までのバスがあったら良いと、莉さんは主張します!」


 少し不貞腐れたように莉が呟く。

 駅から学校までは徒歩十五分程度の距離がある。


「はいはい、またそんなこと言って。私はちょうど良い運動になると思ってますよ。莉も私も部活に入っていないのですし」


「そうですけどー」


「それに、運動はしないと......太ってしまいますよ?」


「うぐっ!」


 わざとらしく胸を押さえて、さも傷つきました。と、言わんばかりに少年を睨む。


「そうはなりたくないでしょう? ならこれぐらいの運動は頑張りましょう。」


「おかしい。私の幼馴染、私の扱い方がうますぎる......」

 

「ふふふ、何年一緒にいると思ってるんですか」


「十四年いくかいかないくらい?」


「でしょう? だったらもう慣れっこですよ」


 互いを見つめると両者吹き出し笑い出す。

 二人は高校二年生。実に三歳程度の頃からの付き合いである。


「あははっ。これからも仲良くしていこうねっ! かーくん」


「ええ、こちらこそ」


 何気ない会話をしながら学校への道を歩む。

 いつまでもこんな生活が続くと信じて......。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


「じゃっ、また放課後ね!」


「ええ、また」


 二人はクラスが違うため、廊下にて別れる。

 少年は自分の顔を触り何かを確認する。


(───うん。ちゃんと笑えていますね)


 教室に入ると少年に様々な視線が送られる。

 容姿に見惚れている者。

 生気を感じぬ容姿に慄く者。

 嫉妬や、妬みを表す者。


 笑みの仮面を被り、机に着く。

 一日は始まったばかりだ。


「よし、みんな静かに席に着け。ホームルームを始めるぞ」


 他の生徒達も席に着き教室に静寂が訪れる。


「一個報告だ。帰りにもう一度言うが不審者がこの地域を徘徊しているらしい。一応みんなも気をつけるように」


 不審者という単語に少年は身を震わせる。

 何を隠そう半年程前、過激なストーカー被害に遭っていたからだ。


 不安を積もらせつつも何事も起きない事を強く願った。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 今日最後の授業の終わりを告げる鐘が鳴った。


 少年が荷物を纏めていると徐ろに教室の扉が勢い良く開いた。


「かーくんー! この莉さんが迎えに来たぞぉ。早く帰ろっ!」


 驚きつつも返事を返す。


「はい分かりました。今行きます」


 荷物を早々に纏めると莉に向かって小走りで近づいて行った。


 教室の後ろでは面白く無さそうな人物が数名、少年か少女を睨んでいた。


 何を隠そう二人共容姿端麗であり、異性からは憧れの的である。

 そんな中、毎日のように一緒に登下校しているのだ。一方的な妬みが生まれる事も勿論ある。


 両者、別に気にしていないようであるが......。


「珍しいですね。莉が教室まで迎えに来るのは」


「確かにー。でも今日教室に来た理由は......」


「蒼月くんに朝比奈さんじゃないですかー今から帰りですかー?」


 前から一人の男が歩いて来る。

 蒼月は少年の、朝比奈は少女の苗字である。


「あ、細村先生こんにちはー」


「お久しぶりです」


「二人共元気そうですねーよかったですよー」


 まったりした口調の男、細村。

 一年時の二人の恩師である。


「あれから最近はー大丈夫かい?」


「はい。ご心配ありがとうございます。今のところ何事もございません」


「それならよかったー。また何か会ったらぜひ相談してくださいねー」


「はい。ありがとうございます」


「朝比奈さんも蒼月くんをぜひ守ってあげてくださーい」


「はい! 分かりました!」


「あれ? なんかおかしくないですか?!」


 ビシッと敬礼する少女に複雑な顔をする少年。

 思わず三人とも笑い出す。

 こんな軽口が言い合えるほど二人は、細村先生との仲が良い。


「では、気をつけて帰るのですよー」


「はい! さようなら先生!」


「さようなら」


「はい、さようならー」


 細村先生の見送りを受け二人は学校を出る。


「あれ? そう言えば先程は、何と言おうと思っていたんですか?」


「あ、そう言えば忘れてたね」


 莉は小走りで少年の前に躍り出て、こちらに向くと満面の笑みを浮かべた。

 おもむらにカバンから袋を取り出して少年の方に向ける。


「はい! かーくんっ。"happy birthday"!」


「え、あっ! ありがとうございます!」


 一瞬理解が追いつかず混乱するが、慌てて受け取る。

 今日は少年の十七の誕生日であった。


「開けて見てもいいですか?」


「うん! どうぞどうぞー」


 包み紙を丁寧に剥がしていく。

 中から現れた物は黒い一冊のノートと程良く美麗な装飾のされたペンであった。


「これは?」


「日記帳となんか良さそうなペンだよー」


「なんか良さそうって......」


「いやー日記帳だけだとなんか味気ないなーと莉さん的には思いまして!」


 日記帳の手触りはとても良く、素人目でも上質な物であると分かる。


 ペンに至っては使って見ないと分からないが、デザインはとても好みであった。


「とても嬉しいです本当にありがとうございます」


「いいんだよ、いいんだよー。私の誕生日の時にくれたお返しだから!」


 少年は日記帳とペンをとても大事そうに胸に抱く。

 目元には、ほんのり涙を浮かべている。


「もぉー。そんなに嬉しかったんだー。毎年プレゼントはあげてるのにねー」


「ええ、そうですね。何ででしょうか? 毎年嬉しいはずなのに今年は例年にも増して嬉しいんです」


「ふふっ、そうなんだ。私も期待しちゃうよ! 来年のプレゼント」


「はい。是非とも期待しておいてください」


 見つめ合い、笑みを浮かべる。

 今から来年の事を考え、家へと歩く。


 少女の太陽のような笑顔を見て、少年は一つの願いを抱いてしまう。

 望んではいけないその願いを少年は握り潰す。


 自分はこれ以上幸せになって良い存在では無いのだから、もう十分恵まれているのだから───。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「悪いね、家まで送ってくれて。駅からだと私の家とかーくんの家、真反対にあるのに......」


「いいんですよ。私がそうしたいだけなんですから」


「むぅー。私よりも弱いのに」


「そ、それを言われると何も言い返せませんね......」


 不審者の目撃情報があったため莉を家まで送っている。

 莉は今でこそやめてしまったが、中学までは剣道を嗜んでいた。

 

 全国的にみても同年代の中では、上位の実力を持っていた。

 そのため、それを言われると少年は何も言い返せなくなる。


「それでも、二人というだけで効果はあるではないですか。一人よりは狙われにくくなるはずです!」


「まあ、確かにねー」


 莉はくすりと笑い。


「なんかあったらこの莉さんが守ってあげるから安心してっ! この折り畳み傘で」


 莉はバッグから折り畳み傘をちらりと覗かせながら胸を張る。


「なんか複雑ですが......はい、お願いします」


「まっかせなさーい! そもそも虫一匹殺せない心優しきかーくんは、もしほんとになんかあったら"Attack"できるの? こんなにひょろいのに」


 顔から足をまじまじと見ながら言う。

 少年は苦笑しながら。


「その通りですけど言い方が嫌ですね。」


 ごめん、ごめん。と謝る莉を見て、何か思いついたと言わんばかりに口を開く。


「莉って英語の発音はとても上手ですよね」


「やっぱそう思う? いやー莉さん的にもとても上手いと思っててねー。これ特技にするよ、特技!」


「でも英語のテストでは最下位から数えた方が早いですよね......」


「ぎ、ぎくっう! きついとこ刺してきた......」


「さっきのお返しです」


 歩きながら軽口を言い合う。


「ちょっとずつ暗くなってきたねー」


「ええそうですね。だいぶ周りが見えづらくなってきました」


 一月下旬。まだまだ日暮れは早い。


 ほんのりオレンジ色になった地平線を見ながらそう呟く。


「ねね。今日この後、私の家で少しゲームしてから帰らない? 暗くなってきてるとはいえまだ五時半くらいだし」


 コントローラーを操作するジェスチャーをしながらそう尋ねる。


「いいですね。と、言いたいところですがなんで私があなたを家まで送っているのかを思い出してください」


「えっ? なんでって......あ! 不審者がいるからだった。さっきまでその話をしてたのにすっかり忘れてた!」


 目を大きく開き口に手を添えながら言うその素振りに苦笑する。


「ええそうです。流石に私も怖いので帰らせてもらいますね。埋め合わせはまたいつか」


「了解っ!」


 敬礼している莉を見ている視界の隅にふと怪しげな男? が映る。

 黒いフードを目深に被り、こちらを覗う人物がいた。


 典型的な不審者と呼ばれる姿ではあるが、不審者と決まった訳では無いので警戒で留める。

 逆に怪しすぎて違うのでは無いかと思わなくもない。


「莉」


「何? かーくん」


「落ち着いて聞いて下さい。もしかしたら件の不審者がいるかもしれません」


「えっ!? 嘘どこっ」


 周りを確認しようとしている莉を慌てて制止する。


「相手に刺激を与えるかもしれないので、警戒で留めてください。私の勘違いだといいんですけど......」


 さり気なく横目で見てみると、件の人物は左の道へ方向転換しているところだった。


「あれ? 曲がりました」


「あ、曲がったの?」


 ずっと見ていても戻って来る様子はない。


「取り敢えずは大丈夫そうですね」


「良かったー。あんなこと言っておいてなんだけど怖いものは怖いからね」


「そうですね。本当に良かったです」


 二人して胸を撫で下ろし、緊張が解かれる。


「いやいや、まだ安心するの早いです。一応まだ警戒をしておきましょう」


「え? いやまあ確かにそうだね、了解」


 両者再び気を引き締め、警戒体制に。


「一応少しだけ遠回りして行きましょう」


「わかった」


 再び会わない為に反対方向へ向かい、コンビニに寄った後家に向かう。

 その後は特に何事も無く家に着いた。


「ただいま! お母さん居る!?」


「居るわよ。どうしたのそんなに慌てて、あら蒼月くんこんにちわ」


「あ、どうもこんにちわ。お久しぶりです」


「呑気に挨拶してる時じゃないよ! かーくん」


「そうですね。早速本題に入りましょう」


 莉のあ母さんはとても慌てふためく娘を見て、何か有ったことを察する。

 話が上手く纏まっていない莉の代わりに少年が説明を始める。


「───こういったことがありまして......」


「怖かったわねそれ。二人共無事で本当に良かったわ」


 莉のお母さんは安心したように頷く。

 その後、少し考える素振りをした後。


「蒼月くん。今日は家に泊まっていかない?」


「え? どうしてですか」


 突然のことで驚きつつも、理由を問う。


「不審な人がいたのでしょう? その人がまだ周囲に居るかもしれないし、蒼月くんのお家はここから凄く近いわけでは無いじゃない。もう日も暮れるし......」


 暫く無言で考える。

 

「いえ、ご遠慮します。お気持ちは凄く嬉しいですが」


 断る。───これ以上、自分はこの家族に深く関わってはいけないのだから。


「かーくん。今は一人暮らしなんでしょ。家に泊まっていきなよ」


「莉......。ありがとう、私は大丈夫ですから」


 莉に微笑み掛ける。


「蒼月くん、本当にいいの? あっ、そうだ! 車で送って行きましょうか?」


「お気遣いありがとうございます。私は大丈夫なので。───それに莉を家に一人で居させるのは少し不安があるので......。お母さんもお気を付けください」


「......分かったわ。あなたも気を付けるのよ」


 母親としては娘の事を出されると反論しにくい。

 莉のお母さんは渋々ながら引き下がる。


「はい。ではそろそろお暇させて頂きます。さようなら」


「ええ、さよなら」


「あ! 待ってかーくん表まで見送るよ!」


「ありがとうございます」


 莉と共に玄関を出る。

 日は沈んでいて外は真っ暗であった。


「じゃー、また明日ね! かーくん」


「はい。さようなら莉」


 後ろを向き、手を振る莉を見ながら手を振り返す。


 ───これがいけなかった。

 

 前方への注意がおざなりになっていたのである。

 莉を無事に送り届けた安心から少し気が緩んでいた。


 少年は気が付かなかったのだ。

 強い殺意を───。


「危ない! かーくん!!」


「えっ?」


 少年が振り向こうとした頃には全てが終わっていた。

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