44 級長
借金の額はひとまず置いておくとして、公休日明けの今日からはまた、新たな訓練が始まっていく。
「さて、諸君。昨日はゆっくり休めたか?」
いつものように、締まったマティアの発声から一日が始まった。
まずは講堂に集められ、始業の挨拶といったところだ。
「休める時にしっかり休むことも、騎士の任には欠かせない。どれだけ優秀な者であっても、昼夜を通しての作戦行動はやはり体にこたえるからな」
そんな調子で、マティアが休養の重要性を説く。
「はい! マティア先生は、どうやって公休日を過ごしたんですか!?」
よせばいいのに、エリックが元気よく質問した。彼に悪気はないのだが、どうにも茶化しグセがあるというか。
幸いマティアは、たいして気にもしていなさそうだったが。
「ん、私か? 私は君たちの訓練計画を整理していた」
「え……では先生は休んでいないのですか……?」
するとアンネロッテが心配そうに尋ねた。
こういうとき、人間性が出るものだ。
「それは午前中の話だよ、アンネロッテ=イー=フローレンス。教導師たるもの、教え子の見本とならねばいかんからな」
だから私も、午後はきちんと私生活を謳歌した。
そう言っていた彼女の休日の過ごし方とは、
「それは、秘密だ」
結局教えてくれなかった。しかし片目を閉じて人差し指を立てる姿などは、意外にお茶目な一面も持っているらしい。
「ではお待ちかね、今日の訓練といこうじゃないか――」
不敵に笑うマティアの台詞で、勘の鋭い訓練生は「今日は何かあるかもしれない」と感じ取っていた。
◆
それから、訓練場に移動した。
このところ晴天続きだったので屋根のないこの場所でも水気はなく、芝生、土床、石畳と、それぞれの地面もよく乾いているようだった。
雨の日などは土床部分がぬかるんで、悪路を想定した訓練も行われるらしい。
「ここまで十日ほど、諸君らの動きを見せてもらった。得手不得手から現在の力量に至るまで、私なりによく観察してきたつもりだ」
仁王立ちして腕を組み、マティアが教え子たちに語りかけた。
しかしいつもは結論から入るような喋りをする彼女なのだが、今日は珍しく前置きが長いというか、もったいぶった話し方である。
「……そこで、だ。そろそろここにいる皆を束ねる役となる、『級長』を決めておこうと思っていてな」
級長。文字通り、クラスの長だ。
その役割は街の学校であれば単に代表といったところに留まるが、アリアン中央騎士団院では教導師の補佐役も兼ねている。
つまり同期の中でも、明確に「上官」となるのである。
「もちろん諸君らは全員見習いで、基本的な立場は横ばいだ。それは変わらない。だが初等期の二年間を預けるのに相応しい者が、やはり級長とならねばな」
マティアが話を締めくくった。
「……つまりマティア先生が、級長を指名するのですか?」
挙手したうえで発言したのはヨハンであった。
「うむ、いい質問だ。ヨハン=セルバンテス」
たしかにここまでの話を聞いていれば、直々にご指名されるというのが一番可能性のある話ではある。
しかし、
「最初は私もそう考えたが、やはりそれでは皆どこか納得がいかないだろう。だがそれもさることながら……なによりそんな決め方では、おもしろくない」
そこでまたしても、マティアが不敵な笑みを見せた。
「ゆえに今日、明日の訓練で、『級長争奪戦』を実施することにした」
語る瞳には炎が宿り、しかし教え子たちがその座をめぐって戦う様を心待ちにする姿などは、失礼ながらまるで少年のようだった。
「級長、争奪戦……?」
皆、あまりピンときていない。
「マティア先生。級長を『争奪』すると言っても、どうやって決めるんです?」
まず尋ねたのはアスベル。
「筆記試験でも行うのか?」
「はんっ! ここまできて座学ってこたぁねえだろ!?」
「武術大会とかだとぼくは勝ち目がないなあ……」
「そもそもそれだと、俺たち魔道使いが不利過ぎるだろ!」
彼の発言を皮切りに、他の訓練生たちも口々に各自の見解を述べ始める。
リッツにしても、おおかた筆記と実技を組み合わせたような、簡易的な入隊試験方式を採るのだろうと考えていた。
「ミリアム。あんたは、どう思う?」
たまたま隣にいたその少女に訊いてみる。
一瞬チラと横目を向けたミリアムは、すぐに視線をマティアに戻し、
「そうですね……今日と明日、というのが引っかかります」
口元に指を添えて答えた。
「たしかに、単に試験という話なら一日で足りるか」
なかなか着眼点がいい、とリッツは感心した。
「それにマティア先生の、あの張り切り具合……それも少し気になり――」
だがミリアムが最後まで言い切る前に、仕掛け人であるマティア本人の口から「級長争奪戦」の詳細が語られることとなる。
「ルールはいたって簡単だ。明日の日没までに、私を捕まえた者が級長となる。それだけの話だよ」
ただ詳細というには、あまりにもあっさりとしていたが。
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