42 厩舎へ
「さすが、騎士団院にはいい馬が揃ってるな」
リッツは居並ぶ戦馬を眺めて呟いた。
厩舎は中央棟のすぐそばに併設されており、訓練生や教導師など、ここに住まう騎士の関係者たちは自由に出入りできることになっている。
故郷の村で飼っていた東方スラヴァ原産の馬とは少し違うが、どれも精錬された体つきで、しっかりと世話をされていることがよくわかるようだった。
実戦や訓練でも、ここにいる馬たちが躍動するのだ。
「よお、リッツ。元気にしてたか?」
「ザイール。あんたも来てたのか」
そこで偶然、師匠のザイールと出くわした。
彼は中等期の訓練生の指導にあたることが多いらしく、最近では初等期のリッツと顔を合わせることがほとんどなかった。
だからこうして喋るのは、実は久方ぶりなのだ。
以前は居候をしていたから毎日顔を合わせていたはずなのに、環境が変わればそういうことになるのかと、リッツは不思議な気分になる。
「立派な馬が多いな」
「そりゃあな。ここは騎士団だから、馬の世話だって大事な仕事だ」
「世話は、誰が?」
「あー……まあ色々だな」
ザイールが言うには訓練生が当番で行う日もあれば、教導師たちが交代で面倒を見ている日もあるという。
何にせよ誰かしら常に気にかけてやらねば、このような名馬にはならないだろう。
「そのうち、俺にも出番が来るってことか」
リッツは馬の世話が好きだ。
かつてその背に乗って、放牧された羊たちを追っていた。
「そうなるわな。けどまあ、ここには馬オタクが一人いてな……実際のところ、だいたいはそいつがやってんだ」
「なんだそれ?」
リッツは頭に疑問符を浮かべた。
だがザイールがその質問に答える前に、
「おっはようございまーす!」
元気のよすぎる声が厩舎に響き渡った。
こんな発声では馬が驚いてしまうのではないか。リッツはそう思ったが、いつものことかといったように、馬たちはまるで動じていない。
「エカテリーナ、今日も色ツヤがいいですね! うんうん、アレキサンダーは毎日男前だ! あれあれ、ルートヴィヒはご機嫌斜めですかあ!?」
一人の青年が一頭一頭に声をかけながら、つなぎ姿で上機嫌にやってきた。
「……あいつがその馬オタク、ニクス=ヘッジだ」
「やや、これは! ザイール先生、どうもおはようございます!」
青年ニクスは、ザイールを見て大仰に挨拶する。
ザイールは少し煙たそうな顔をしていたが、そばかすの目立つその顔に、リッツはどことなく既視感もあった。
「ん? んん? そしてこの少年はぁ?」
顔をずいと近づけられたことで思い出す。
「あ、この人もしかして……竜退治の試験で倒れてた……」
「おや? やや!? まさかあの日、俺を見つけてくれた受験者さんですか!?」
実践試験――竜退治でヨハンの小隊と倒れていた大人が一人いたことを、リッツは記憶から引っ張り出していた。
「え、ってことは……」
「そう、俺と同じ教導師だ。一応な」
「一応だなんてひどいじゃないですか!」
受験者に救助される教導師がいるか――そう言ってザイールはニクスを小突く。
だが、なんせ当時はあの状況だ。突然巨竜に襲われた小隊を庇い、死者も出さずになんとか耐えたのだから、そこまで言わなくてもとリッツは思った。
「君が来なかったら、俺は竜のエサになるところでしたよ!」
「そうだそうだ。お前さんはこいつの命の恩人なんだから、もっと偉そうにふんぞり返っとけって」
「はあ、まあ。俺たちも必死だったので……」
結局自分も後から救援に来たザイールたちに保護されたわけだから、それを誇らしげにするのはなんだか気が引けた。
「それよりも、ここにいる馬はみんないい馬ですね」
だから話題を、少し変えてみた。
「わかるかいっ!? ええと……」
「リッツです」
「さすが! リッツ君はスラヴァ人だけあって、馬を見る目が肥えているね! 東の子はいいよねえ、西の子と違ってしなやかでさあ。もちろん西の子も力強くてそれはそれで深みもあるんだけど――」
「え? ちょ、あの……」
輪をかけて饒舌になって喋り出すニクスの勢いに、リッツはすっかり置いてけぼりをくらってしまった。
そんな様子を見るに見かねて、
「おい、いい加減黙れ。この馬オタク」
「ああこりゃ失敬。つい語り過ぎてしまいました」
辟易しながらザイールが止めた。
どうやら興味本位で振っていい話ではなかったようだ。
「リッツ。ところでお前さん、なんだって厩舎まで来たんだ」
言われてリッツは、当初の目的を思い出した。
「今日は公休日だし、ちょっと遠乗りしようと思って。それでニクス先生、馬を一頭借りてもいいですか?」
「もちろん! 訓練生の、しかも俺の恩人の頼みって話なら喜んで!」
嬉々としてニクスは快諾してくれた。
「なんだ、おもしろそうだな。俺もついてっていいか?」
すると横で聞いていたザイールから、そんなことを提案される。別に断る理由もなかったので、リッツも素直に受け入れた。
それからどの馬がどれほど優れているのか、という話を云々かんぬん。
このままではニクスから延々と語られるかもしれないと思ったリッツは、一番手前にいた馬を一頭拝借して、そそくさと厩舎を後にした。
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