第3節 級長争奪戦
41 アスベル
風を切って馬を走らせる。
久しぶりの感覚に、リッツは己に宿る草原の魂が喜んでいることを実感した。
近頃は忙しさからそれどころではなかったが、十歳になるまではよくこうして野山や丘へと赴いて、頬に風を受けながら母と遠乗りに出かけたものだった。
降って湧いた公休日をどう使おうか考えた時、リッツの中では「やはりこれしかないだろう」と、そう思ったのだ。
まだルームメイト二人が寝ているくらいの早い時間。
しかし春の日差しは早くから届き、羊飼いをしていた頃から早起きが習慣だったリッツにとっては、これ以上寝るには外が眩しすぎた。
ゴロゴロとただベッドで横になっているだけというのも退屈だが、さりとて昨日エリックから借りた数々の本を読む気にも、どうにもなってこない。
「……外に出るか」
なので、行動に移すことにした。
時々いびきを立てているエリックと、意外と静かに寝ているコルツ。二人を起こしてしまわないように、リッツはそろりと部屋から抜け出した。
寮の廊下を歩いても静かなもので、物音がほとんどしない。他のフロアの訓練生、つまり上級生たちも、多くはまだ寝ているのだろう。
今日は初めての公休日。リッツは何をしようかとあれこれ考えたが、昨夜からいくつか思い浮かべても、結局結論は一つに落ち着いた。
「やあ、早いじゃないか。リッツ」
広間を通って玄関まで抜けようとしたちょうどその時、誰かに呼び止められた。
「アスベル。あんたこそ、ずいぶん早いな」
「目が冴えてしまってね。ルームメイトに迷惑がかからないように、広間でこうして本でも読んでいたわけさ」
「俺も……まあ、そんなところだ」
落ち着いた雰囲気を纏うこの少年は、同期の訓練生で名をアスベルという。
本名はアスベル=ロゴス=フィズ=マンスターと、やたらと節の多い名前なのだが、それは彼がルデール帝国の出身だからだ。
バレリウス王国の西隣、かつてはアストニアの宗主国であったその国も、五百年ほど前に王国が分離独立してからは大陸を構成する一国家となっていた。
「それで君は、これからどこへ行こうとしていたんだい?」
「ちょっと、厩舎まで」
「厩舎?」
「ああ。休みだし、遠乗りでもしようと思ったんだ」
「それはいいね」
翻って、静かに微笑むこのアスベルという少年は推薦入隊だが、それを鼻にかけることもなく、アーキスなどとは違って一般訓練生とも上手に付き合っている。
線は細いが実技では常に好成績を保ち、それでいて頭も良いらしく、まさしく「優等生」を地で行く存在であった。
一部の連中のように、リッツを敵視するようなこともない。
「あんたも行くか?」
「いや、僕は遠慮しておくよ」
「そうか」
アスベルは手元にある本を二冊ほど掲げて見せ、読書に集中したいのだということをアピールしていた。
リッツにしても無理に誘うつもりなどなく、短く言葉を交わして外に出た。
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