40 リッツの道

 魔道実習の後、リッツはマティアに呼び出されていた。

 五階層ある中央棟の一階、受付窓口のすぐ近く。出向いたのは教導師の執務室で、そこは初めて入る場所だった。

 室内は昼休憩中だからか空席も目立ち、待機する教導師もまばらである。


「私の差配に誤りがあった。すまない」


 到着するなり、マティアに深々と頭を下げられた。


「……え? あ、え? てっきり、何か叱られるのかと……」

「君は私を何だと思っている」


 突然のことに、リッツはあたふたと驚いてしまった。

 よほどおかしな反応だったのか、マティアからは「何かやましいことでもあるのか」と逆に問われる始末だ。

 当然、全力で否定はしたが。


「……先ほどの、実習結果のことだ」


 君には悪いことをした、と改めて謝罪される。


「ああ、それで……そりゃまったく気にしていない、なんて言ったら嘘ですけど。そのうちわかることなので」


 リッツはむしろ、この機にはっきり知れてよかったとも思っていた。

 自分の魔道音痴は今に始まったことではないし、結局は現実を知るのが早いか遅いかの差でしかないのだ。

 それならば早く知っておいた方がいい。


「そう言ってもらえると助かる。しかし私が魔道に明るければ、少なくとも君が晒し者になる状況は避けられたはずだ。君の言葉に甘んじず、私も精進していこう」


 謝る姿も実直というか、真面目な人だなとリッツは思った。

 まあ、普段はおっかないのだが。


「……一つだけ、いいですか」

「なんだ?」


 リッツは一瞬迷ったのだが、やはり聞いておくことにした。


「今後の魔道実習ですが、俺はどうすべきでしょうか」

「ふむ……マリク先生たちとも相談はするが、なにも術の行使だけが魔道ではない。君は君の方法で、道を見つけていくといい」


 そのための助力は惜しまない――マティアは最後に、そう声をかけてくれた。

 魔道使いも鍛えれば剣の達人となる者もいる。だがリッツの場合、逆立ちしても魔道が使えるようになることはない。

 この違いは大きく、簡単に埋まるものではないだろう。

 これから先、道は見つかるだろうか。


                   ◆


「……リッツ」

「どうした、コルツ?」

「これ、ぼくのとっておき……あげるよ……!」


 本当にもらっていいのかためらうほど、惜し気に焼き菓子を差し出された。


「え? あ、ありがとう?」

「おいしいよ……おいしいからね!」


 一日が終わって寮に戻ると、そんな不思議な掛け合いが始まった。

 食欲が服を着て歩いているような少年とは思えない行動に、リッツも思わず目が点になってしまう。

 そうかと思えば、


「リッツ、こいつを貸してやるよ!」

「……エリック、これは?」


 どこから出したのか、机の上に本が何冊も積まれていた。


「どれもデニスで人気の冒険小説なんだぜ!? 絶対面白いから、読んでくれよな!」

「あ、ああ……そいつは、どうも」


 しかし二年前まで字も読めなかったリッツである。それでこの量を読破しろと言われても、いったいどれくらいの時間を要するだろう。

 明らかにルームメイトの様子がおかしいが、原因などわかりきっていた。


「普段通りにしててくれ」

「……余計なことしちゃった?」


 コルツがシュンとする。


「いや、そういうわけじゃないさ」


 彼らなりに、励まそうとしてくれているのだと思う。

 その気持ち自体はありがたい。だが昼間の魔道実習のことはもう、自分の中で整理をつけた話なのだ。

 だからあれこれと気遣われるのも、かえって居心地が悪い。


「ところで、明日は初めての公休日だろ? 二人はどう過ごすんだ」


 リッツは話題を切り替えた。

 訓練生には、時折公休日というものが与えられる。

 演習の区切りで中一日、その翌日からは次の演習――というように、一年の課程はおおむねこの繰り返しだ。

 公休日とは演習と演習の間に挟まる休日のことを指すものであり、つまり明日の公休日が明けると、訓練は次のステップに進むのだ。


「んー……まあ、瞑想の時間にでもあてるさ」

「瞑想?」


 まさかエリックの口から出てくるような単語とは思えなくて、思わずリッツは聞き返してしまった。


「ああ。今日の実習でもやったけど、『魔力を練る』行為のことを俺ら魔術士の間ではそう呼んでる。基礎中の基礎だが、これが一番重要な時間なんだ」

「へえ。意外と真面目なんだな、エリック」

「うっせえやい」


 飄々としているが、遠くデニスから単身やってきただけあって、彼は案外しっかりとした考えを持っている。


「コルツは?」

「ぼくは商業区で買い物しようかなって思ってるよ」


 アリアン中央騎士団院には居住区のほか、人々が生活するための施設が各種取り揃えられており、まるでそれだけで小さな町となるように構成されている。

 そのうちの一つが、今コルツが言っていた商業区だ。

 リッツが働いていた食堂もそこにある。


「何を買うんだ?」

「まあ、おやつとか……かな」


 とか、と言っているが、多分ほとんどおやつだろう。ここまでの間も、自室にいる時コルツは常に何かを食べていた気がする。

 ともかく、皆それぞれに休日の過ごし方を考えているようだ。


「さて、俺は……どうしようかな」


 リッツはふと、そんなことを呟いた。

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