38 魔道実習
翌日。
その日は初めて、魔道が主体となる訓練が行われることになった。
座学での魔道理論ではなく、実技としての魔道だ。
「よっしゃあ! ついに俺の時代が来たってことだろ!?」
エリックが大はしゃぎで意気込んでいる。
たしかにこれまでの実技訓練は彼ら魔道使いにとって、少々というか、かなり鬱憤のたまるものだったのだろう。
その反動か、やる気もひとしおといった様子だった。
「これは、参ったな……」
一方で、対照的な反応を見せたのはリッツである。
リッツはただでさえ、幼少の頃から魔道が大の苦手なのだ。
その上近頃ではなまじ字が読めるようになったせいか、教本を目にするだけで拒絶反応も起きるなど、むしろ苦手意識が悪化していた。
つまり今日の訓練は、いつもと立場が逆になる、ということだ。
「諸君。今日は魔道の専門家である、マリク先生が指導にあたる」
「どうもどうも。マリク=フォン=ラザフォードです」
雄渾なマティアとは対照的に物腰柔らかというか、何なら頼りなさげな印象すら覚えるような、やせっぽちな中年教導師が紹介された。
「こんな細腕ですが、僕も騎士なんですよ。ということで皆さん、よろしく」
筋力のかけらもなさそうな腕で力こぶをつくる真似事をしながら、マリクはからからと笑っていた。騎士にも色々いるらしい。
「そしてようこそ、魔道の入口へ」
魔道の実習はそれまでの訓練場ではなく、専用の演習室が用意されていた。
そこは一つの独立した建物で、全体的に丸い天井で採光窓もあるようだが、暗幕が張られているため昼でも薄暗い空間だった。
壁には何やら、見たこともない器具や植物が掛けられている。
「魔道には魔術と法術の二つがあるんだけど、このうち僕が取り扱っているのは魔術の方になりますね、ハイ」
体格に合わないのか、だぶついたローブ。
それから時々ずり落ちてくるメガネもせわしない。
「先生? 今日はもちろん、わたくしの活躍を見てくださるのですよね?」
「あの、ロザミーさん……今日はその、さわりだけなので……」
「なんですって!?」
見るからにショックを受けて意気消沈するロザミーの陰で、エリックも似たような表情をしていたのは何だか気の毒だった。
「……で、さわりだけって具体的に何をするんです? マリク先生」
口を挟んだのはヨハンだ。ヨハンはあまり魔道の講義が好きではないらしく、少し冷めたように尋ねた。
「今日はですね。魔道の基礎の基礎である、『魔力の練り方』を学習します、ハイ」
魔道を知る一部の訓練生からは「何を今さら」といった声も上がっているようだが、そんな声も聞こえないふりで、マリクは先に進めてしまった。
「では皆さん。静かに目を閉じて、それから僕に続いて唱えてください。意識はお腹の下あたり、自分の重心に向けてくださいね」
皆が同じ姿勢をとって、腹下に意識を集中させる。
「この演習室は、魔力のこもりやすい素材を意図的に集めています。なので普段は魔道を感じることができない人でも、簡単に触れられるんですよ」
物音のしなくなった屋内で、力感のないマリクの声だけが聞こえる。
「ですからみなさん、存分に……」
それは囁くような声量なのに、部屋全体に反響するような。
「【
全員が復唱したその瞬間、薄暗い演習室に色とりどりの光の柱が顕現した。
言われた通りの姿勢から、言われた通りの言葉を唱えただけなのだが、彼らは魔道を発現させていたのだ。
光の柱はおよそここにいる訓練生の数だけ伸びて、その光景は壮観ですらある。
「ま、こんなもんだろ」
「わたくし、もっと上等なものだって扱えるんですけれどね!?」
そして目を見開いた訓練生たちは、思い思いの反応を見せた。デニス出身の二人などは得意げになって鼻高々だ。
「アンネ。魔術士にだけ大きな顔をさせていいんですか?」
「ミリアムは……けっこう負けず嫌いですよね」
負けじと法術の心得がある者たちも、その力をいかんなく発揮する。
それだけではなく、
「これは……僕にも、魔道が……」
「ははっ! おもしれえじゃねえか!」
ヨハン、アーキス、その他にも続々と。普段は魔道に馴染みのない者たちが、己の身からその力を発現させたことに感動の声を上げていた。
「すごい、すごいや! ぼくたち、魔道が使えたんだね!」
コルツなど、飛び跳ねて喜んでいる。
「ねえ、リッツ。君はどんな魔道が――」
だが現実とは、時に容赦のないものである。
「出ていない」
彼自身、予想していた結果ではあった。
それでも――
「……俺には魔道の光なんて、出ていないんだ」
奥歯をぐっと噛みしめながら、リッツは己の惨めさを呪った。
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