37 子竜の行方
午後からは講堂に場を移して、座学の時間である。
「知っている者もいるだろうが、およそ千年を超える昔。このアストニア大陸は一つの国家、大ルデール帝国によって統一されていた。それが――」
まずは歴史の講義からスタートした。
朝にはめいっぱい体を動かし、昼食をとってその後のことだったので、これがまた集中力を著しく削いでくる。
ある意味、ひたすら素振りするよりもつらい。
しかも、
「そこ! 寝てるんじゃない!」
マティアが見逃してくれるはずもない。
船など漕ごうものなら、容赦のない詰問に晒されるのだ。
彼女はずんずんと闊歩して詰め寄ると、居眠りをしていた訓練生の真ん前に立ってその顔を覗き込んだ。
「私の講義がそんなにつまらなかったか? ん? エリック=ベンジー」
「いやあ、その、そんなことはぁ……へ、へへ」
取り繕おうにも、ただの居眠りに正当な理由などあるはずもない。エリックは苦し紛れに笑うしかなかったようだ。
そんな教え子に思うところがあったのか、
「……確かに、歴史の講義は退屈だ。それは私も認めよう」
溜息が一つ漏れたものの、意外にもマティアは一定の理解を示す。そして窓辺に視線を向けながら、こうも言った。
「しかしな。その退屈の中に、人の営みは詰まっているんだ。そして諸君らも歴史のさ中にあるということ……それを忘れるな」
昼下がりの、どことなく陽気な雰囲気に包まれる講堂で、マティアの言葉がフワフワと宙に溶けていくようだった。
◆
あっという間に一日は過ぎて、重ねるうちに一週間が経っていた。
実技は基礎的な体の動かし方の反復練習に終始し、座学においても担当教導師の講義をとにかく聞く。それの繰り返しだ。
ありていに言ってしまえば、この間の訓練は単調である。
リッツの感覚的には、ザイールからしこたま詰め込まれた二年間の鍛錬の方が、よほど過酷だったとすら思えた。
しかしそれは彼ら新訓練生の力量を見ながら、単にマティアが調整しているだけだということも薄々感じ取っていた。
それはそうだろう。二十余名の訓練生は一人一人、国も生い立ちも違えば得手不得手も異なっている。
十把一絡げにできないからこそ、こういった滑り出しなのだ。
もっとも、ヨハンやアーキスのような上昇志向の強い者にとっては、周囲との差を見せつける機会を得られず不満げな様子だったが。
「ぼくは、魔獣総論がおもしろかったな!」
「お前、変わってんね……俺は断然、魔道工学一択だね! リッツは?」
「そうだな……大陸地質学かな」
「君は渋いね、リッツ……」
リッツは寮の自室でくつろぎながら、ルームメイトたちと雑談していた。今は何の講義が面白かったか、という話をしている最中だ。
「あーあ、得意科目だけ習えないかなあ」
「そりゃ無理ってもんだろ!」
一週間も経つと、なんとなく各々の得意や興味ごとも分かってくる。
コルツは生物学が好きらしい。エリックはやはり魔道分野において優秀で、普段は散漫な注意力が研ぎ澄まされて別人のようになる。
また交流の浅い者たちであっても、ともに訓練し、同じ時間を過ごすことで見えてきた一面もあった。
横暴な男アーキスは、意外にも歴史好き。聖教国出身の、やや世間知らずそうな少女ミリアムは、訓練場での走り込みでずば抜けた持久力を披露した。
他にも、剣も振れない不思議な少女――ラジテルマというらしいその訓練生は、算術において誰よりも素早く解答を導くなどなど。
「そういえばコルツ。試験であんたが拾った子竜は、あの後どうしたんだ?」
魔獣という単語でリッツは思い出した。
「ああ、あの子ね! 一緒に来てくれた騎士団院の人に預けたんだ」
のほほんとしてコルツは答えるのだが、
「それ……大丈夫なのか?」
「子供でも竜は竜だし、処分されちまったかもな!」
そんなことを言われ、コルツが憤慨する。
「ちょ、ちょっと二人とも! 意地悪なこと言わないでよ!」
エリックは茶化し半分だとして、しかしリッツもその処遇には半信半疑だ。
あの子竜がいなければ作戦自体が無かったのだから、間接的には命の恩人(竜)と言ってもいいかもしれない。
けれども子竜で百年竜の目を焼くほどの高火力。騎士団院が危険だと判断すれば、即刻殺されてしまうかもしれない。
無事に魔獣の育成棟とやらで、保護されているといいのだが。
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