36 初日
明くる日から、訓練が始まった。
「では諸君、今日は剣の素振りから始めよう。騎士になったらなら佩剣は必須。諸君らの剣筋、この目で確かめさせてもらう」
早朝の訓練場。マティアの締まった発声で、一日が幕開けした。魔術士や法術士も関係なしで「まずは剣を振れ」というのが彼女の指示だ。
「振るだけなら、ぼくにもできるかな!」
「俺、武器って苦手なんだよな……」
コルツとエリックが緊張感のない会話をしていると、
「貴様ら、まじめにやれ!」
といったように、すぐに雷が飛んできた。
この訓練への反応は様々だ。もともと剣を得物としていたリッツを始め、たしなみとして習っている者にしてみれば、なんてことない日課である。
対してエリックやアンネロッテなど、日頃は剣に馴染みのない魔道使いたちの動きはたどたどしく、その差は一目瞭然だ。
中には、剣などまるで触ったことのない者もいる有様だった。
「それでどうして、騎士を目指そうと思ったんだ……」
首を傾げている不思議な少女を横目に見つつ、リッツは単純に疑問を抱いた。
「リッツ=パドガヤル」
「はい!」
急に呼び止められ、リッツは背筋がピンと伸びた。
「そう構えなくてもいい。君はたしか、ザイール先生の教えを受けたんだったな」
「よ、よくご存じで」
「ふむ、なるほど……すまない。邪魔をしたな」
それだけ言い残して、マティアは他の訓練生を見に行ってしまう。
「な、なんだったんだ……?」
リッツはただ、呆然とするばかりだった。
ただの素振りだと思っていたのに、その「ただの素振り」で午前中いっぱいを費やしていた。
全員、剣を振らされ続けてヘトヘトだ。
体格のいいアーキスでさえも、ぜーぜーと肩で息をしていた。
「よし、ここまで。午後からは座学となるので、各自昼食を済ませておくように」
涼しい顔で、マティアが訓練生たちに伝達して去っていく。
途中自らも手本を示すため、彼女は彼女の型で剣を振っていたのだが、まったく疲れてもいなさそうな様子だった。
「あの先生、バケモンだぜ!」
「ぼ、ぼく……もう手が動かないよ……」
「そんなこと言ってお前、その手でしっかり飯食ってんじゃねえか」
「それはそれだよ!」
食堂に移動するや、ルームメイト二人がじゃれていた。
「……あんたら、意外と元気だな」
リッツはある程度慣れていたので、そこまでバテてはいない。
けれどもエリックやコルツなど、素振りの後は死んだような顔をしていたはずが、もう回復しているのだからいっそ感心したものだ。
ただ、これで午後から座学だなどと、ペンを持つ手も震えてくるのではないか。
「ほらほら、食べ盛りたち。追加の料理おまちどう!」
「わーい! 待ってました!」
「お前、まだ食うの……?」
食卓テーブルにどんどん、どん、と料理が重ねられていく。注文したのはほぼコルツだったようで、量の多さにエリックは引いていた。
「やあやあ、リッツ。さっそく学友ができたみたいね」
「なんだ、メーファか」
食事を運んできたのは、もちろんメーファだ。
「なんだって何よう。せっかく優しいメーファお姉ちゃんが、心配して声をかけに来てやったってのに」
「自分で優しいとか言うな……って、うわ!?」
喋っている途中で、リッツは驚いてひっくり返りそうになる。
「……これからはこうして、お前が客として来るんだなあ……」
厨房にいるはずのバラットが、いつの間にかメーファの後ろに立っていたのだ。しかもなぜか包丁片手に涙ぐんでおり、普通にこわい。
「じいちゃん、なんで泣いてんの!? ていうか次の料理は!?」
「バカヤロお前、そんなもん、お前――」
「いいから仕事しろ!」
孫娘に押し戻され、バラットはすごすごと帰っていく。
食堂では顔馴染みの二人が、変わらず忙しそうに働いていた。ただの客として訪れるのは初めてだったので、リッツはなんだか変な気分がした。
そんな彼らの様子を見て、
「お姉さんたち、リッツの知り合いなんすか?」
と馴れ馴れしく尋ねたのはエリックだ。
「そ! あたしたちは、この子の保護者みたいなもんね」
「……保護された記憶なんてないぞ」
「と、まあこの通り。ちょっと気取ったヤツだけど、仲良くしてやってね!」
昼時の、客でにぎわう食堂の中、メーファはひょいひょいと軽やかなステップで次のテーブルへと行ってしまった。
リッツはなんだか気恥ずかしくなってきた。
「……不本意だ」
「やあ、いい姉貴分じゃんか」
「すっかり手のひらの上だったね、リッツ」
二人の生暖かい視線に、若干居心地の悪さを覚えるリッツだった。
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