34 寮生活

 日が落ちた。

 訓練生としての本格的な生活は、いよいよ明日からとなる。それに先立って、リッツは騎士団院での寮生活をスタートさせていた。


「マティア先生、おっかなかったよなあ」

「ほんと、冷や汗ダラダラだよ。別にぼくが叱られたわけでもないのに……」


 エリックとコルツが昼間のことを回想し、二段ベッドの上と下で雑談している。

 寮は小ぢんまりした三人部屋で、そしてこの二人とは同室なのである。リッツはまたも彼らと同じ組み合わせになっていた。

 勝手知ったるところもあって、正直ありがたい巡り合わせではあったが。


「……それもそうだが、あのロザミーとかいう女子も相当だったぞ」


 リッツはくじ引きで勝ち取った一人用ベッドの上で、率直な感想を述べた。

 たしかにマティアは凄みを感じる教導師だが、自分との対話にあっては話の通じる人物だったように感じていた。

 その一方で反抗的な態度だったのはロザミーであり、今回のことはむしろ彼女の異質さが際立っていたように思えたのだ。


「デニス貴族にも色々あんのよ。ま、平民の俺には関係ないけどな!」

「それ、答えになってなくない?」


 コルツが苦笑いで指摘する。

 そんな折、リッツは彼らに疑問を尋ねてみることにした。


「あの女子を含めてなんだが……試験の時にいなかった連中が、何人かいたような気がするんだ。あれは何なんだ?」


 リッツの発言に、コルツとエリックは互いの顔を見る。

 二人とも、まるで意外だと言わんばかりだ。そんなに変な質問だっただろうか。


「なんだお前、まさか知らなかったのか?」

「何をだ?」

「君は賢いから、てっきり……」

「だから、何を」


 リッツとしては「勿体ぶらずに早く言え」といった気分だった。


「アリアン中央騎士団院にはな、俺たちみたいな一般入隊とは別に、っていう枠の訓練生がいるんだよ」


 そう言って説明したのはエリックで、


「そうそう。教導師の先生たちがこれって認めた子たちに声をかけて、訓練生に推薦するんだ。きっとあのロザミーって子も、誰かの推薦なんだろうね」


 今度はコルツが補足した。


「推薦……入隊?」


 そういった訓練生は入隊試験を免除されるらしい。

 もちろんザイールからはそんなこと、一言も触れられていなかった。


「……くそっ、あの無精ひげオヤジ」

「ちょ、なんて?」

「リッツ……顔がこわいよ?」


 思わず、毒気が外に漏れ出ていたようで。

 二年間の鍛錬はともかくとして、入隊試験では危うく死にかけたのだから、恨みごとの一つくらいは許されてもいいのではないか。

 そんなリッツの様子に、ルームメイトも困惑していた。


                   ◆


 寮は居住区の一角にあり、全訓練生約百二十人が暮らしている。

 そこは三階建ての建物で、この人数でも窮屈に感じない程度には大きな館だ。昇級していくとやがて一人部屋も当たるらしい。

 区画は年齢ごとに区切られて、基本的に世代間での行き来はない。

 その代わり各フロアは食事場や広間などの共有スペースが充実しており、同じ世代の訓練生たちが交流できるような造りになっていた。

 それから三人はエリックの発案で、寮の中を探索してみることにした。


「おーい、アンネロッテー!」


 そこでまず見つけたのは、広間でくつろぐアンネロッテの姿だ。彼女を見るなり、さっそくコルツが軽快に近寄っていくのだが、


「ぎゃん!」


 なぜだか急にひっくり返る。


「ななな、何するの!? っていうか君だれ!? いたたた!」


 アンネロッテの隣には、実はもう一人いたらしい。

 見てくれは華奢な少女なのだが、その少女は新訓練生の中でも大柄な部類に入るコルツを、いとも簡単に組み伏せてしまった。


「それはこちらのセリフです。あなたこそ大きな体でのしのしと、いきなりビックリするじゃないですか」


 コルツを押さえ込んだまま、少女がプリプリと怒っている。


「み、ミリアム! 彼は私の友人です、離してあげてください!」

「む……アンネがそう言うのなら……」


 ミリアムと呼ばれた少女は、渋々コルツを解放した。


「容赦ねえな!」

「淑女のたしなみですから」

「どんな淑女だ……」


 呆れたエリックの言葉にも、ミリアムはツンとして澄まし顔だ。

 とはいえ、遠慮なしに小走りで駆け寄ったコルツに、それを問答無用で成敗してしまったミリアム。まあこの場合、どっちもどっちだろう。


「ええっと……この子はミリアムさんです」

「……先ほどは失礼いたしました。ミリアム=ジー=プラムセル。アンネと同じ聖教国の出身で、ルームメイトの法術士です」


 気を取り直して、アンネロッテに促される形でミリアムが自己紹介をする。一応謝ってはいるが、彼女の垂れ目はやや不服そうだ。


「それで、こっちの男の子たちが、試験で私と同じ小隊だった――」


「エリック=ベンジー!」

「コルツ=アルバート!」


 突然二人が、ポーズを決めてはしゃぎ出す。


「……俺は、リッツ=パドガヤル」


 そんな彼らについていけずに、リッツは普通に名乗ってしまった。二人からはノリが悪いと責められた。

 しかしこのミリアムにしても、試験の時には見なかった顔だ。


「ミリアム。あんたは推薦入隊なのか?」

「ええ。アマルガン先生にご推挙いただきました」

「アマルガン……」


 どこで聞いたかはもう忘れたが、その名にはなんとなく聞き覚えがある。


「リッツも推薦なのですか?」

「いや、俺は一般だ。受験して入隊した」

「そうですか。けどあなたは、初日から目立っていましたね」


 不意にミリアムが微笑んだ。


「……それは、忘れてくれないか」


 少し個性的だがトゲはなく、意外と親しみやすそうな少女だった。

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