31 再会
「ヴォルター=オールストン……」
リッツは奥歯を噛みしめた。
「落ち着け……今はダメだ」
それでも自分に言い聞かせるように、心の内でとにかく平静を保つ。
二年前とは違うのだ。同じ失敗は繰り返さない。
「けど、なんで公爵がこんなところに……」
リッツはぐるぐると思考を巡らせるものの、しかしそんなことするまでもなく、答えはすでに出ていた。
彼はこの国の宰相で、国王が不在なので代役として登壇した。それは先ほどの説明で触れられたばかりの話だ。
つまるところ公爵が突然現れたというよりも、むしろリッツの立ち位置が彼に近づいたと表現した方が正しいだろう。
「くそ、全部あいつが来てからだ……おかしくなっちまったのは」
心の声が漏れ出ないよう、リッツは必死に堪えていた。多少の言いがかりは含まれるかもしれないが、そう思わずにはいられない。
なにせあの日から、少年の生活は一変したのだから。
そんなことを考えているうち、壇上のヴォルター=オールストンが話し始めていた。最初の方など完全に聞き逃してしまった。
「――君たちは国も身分も、『騎士』を志した動機さえも。誰一人として同じ背景を持つ者はいないだろう。だが、それでかまわないと私は思っている」
さすがに宰相というだけあって、人前で喋るのは慣れた様子だった。
「富あるいは名声のため、大いに結構。果たすべき使命もあるだろう……赴くままに身を立てなさい。『騎士』とは、道を切り拓く者にこそ与えられる称号なのだから」
悔しいが、途中からはしっかり聞き入ってしまった。
ヴォルター公爵は堂々として、それでいて努めて冷静だった。淀みのない声を大広間に響かせた後、静かに壇上を降りていった。
総長も公爵も挨拶というよりは、新訓練生に向けて何かを問いかけるような話し方だったようにも思えた。
けれども新たな一歩を踏み出したばかりのリッツにとって、二人の言葉はまだ漠然としており、その意味を真に理解するまでには至らなかった。
◆
式典が終わってすぐ後のことだ。
「リッツ、なんとぼくも合格できたんだ! きっと君のおかげだよ!」
コルツが駆け寄ってきて、嬉しそうに報告する。
「でも実際すっげえよな。小隊全員合格したのなんて、俺らくらいじゃないか?」
隣で誇らしげに胸を張るのはエリックだ。
試験後は互いに言葉を交わす間もなくバラバラになってしまっていたので、二人とはそれ以来となる再会だった。
もちろんリッツも、多少の世間話をしたい気持ちも無くはない。
「ああ、すごい偶然だな。うん、その通りだ。それはそうと今ちょっと急いでて……」
なのだが、今は別のことで頭がいっぱいだった。
そんな心境が外に漏れるような気もそぞろな返事のせいか、コルツもエリックもきょとんとした顔をする。
とにかくリッツは、「彼」を追いかけたかったのだ。
「……なんて? 釣れねえなあ、せっかく感動の再会じゃんよ」
「トイレでも行きたいんじゃないの?」
のんきな二人が通してくれない。
リッツは焦った。ただしそもそも会ったところで何をどう伝えるのか、その整理だってできてはいなかった。
それでも、話せば何かがわかる。
そう思ったのだ。
「二人とも。リッツは何か用事あるみたいですし、あとでゆっくり話しましょう?」
そんな中、何かを察したのはアンネロッテだった。
マイペースな少年二人を説得する形で、助け舟を出してくれた。
「悪い! 積もる話は、また後でな!」
彼女に感謝しつつ、リッツは急ぎ大広間を後にした。
細かいことは後から考えればいい。件の人物が見つからないことには、何も始まらないのだから。
「行っちゃった」
「漏れそうだったんかな。式典……長かったもんな」
いささか不本意だが「もうそれでいいや」といった気分だ。そんなリッツを、アンネロッテだけが苦笑いで見送っていた。
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