30 式典
試験当日はあまり気にも留めていなかったが、中央棟はそれだけで一つの施設として完成された造りになっている。
大講堂に訓練場など、騎士や訓練生が日頃の鍛錬を積む場所はもちろんのこと、休憩場所として中庭や、遊技場なんてものまであるらしい。
居住区の食堂ほどではないにせよ、大きめの厨房設備も存在するようだ。
「一人じゃ絶対に迷ってたな……」
「そのために僕ら職員がいるってわけ! そら、着いたよ」
ここが大広間さ、と言ってトオリルがその部屋の扉を指差した。そうして彼はお役御免といった様子で、元の持ち場へと戻っていく。
開放された扉の前には、試験中にも見た教導師と思しき男が待ち構えていた。
「……キミで最後だ。入りなさい」
まさか自分以外もう全員到着していたとは。
慌ててリッツも入室した。
「でっけえ部屋だな」
大広間は式典に使われるだけあって、格式ばった雰囲気の空間だ。だがそれもさることながら、リッツの第一声どおりとにかく広い。広いのだ。
どれくらい広いのかといえば、カエルムドレイクが旋回飛行できる程度の幅と高さがあった。さすがに本物が飛んでいれば大騒ぎだろうが。
そんな空間に十二歳の少年少女たちと教導師。それから何人かの関係者が集められ、いよいよ入隊の式典が始まるところだった。
「……?」
いそいそと整列したリッツは、そこでふと違和感を覚えた。
食いしん坊のコルツ=アルバートが彼に気付くと手を振っていたが、別にコルツのことを変だと思ったわけではない。
エリック、アンネロッテ、ついでにヨハン。
他にも試験の日に見たであろう、なんとなく見覚えのある顔ぶれが並ぶ一方で、まったく記憶にない者までチラホラと並んでいたことに気が付いたのだ。
それに合格者は毎年二十名足らずと聞いていたのに、それよりも若干多い。今年がたまたま多かったのだろうか。
だがリッツの疑問は解けぬまま、式典は始まってしまった。
「新訓練生諸君、ご苦労。これより入隊の式典を執り行う」
拡声魔術が鳴り響く。
試験では説明役を勤めていた教導師が、また前で喋っているようだ。
「栄えあるアリアン中央騎士団院の訓練生として、諸君らは今日、新たな一歩を踏み出すことになる――」
彼はそれなりの高い地位にいるのだろうか。その後も話し続けたのだが、堅苦しい上に前置きが長く、途中から耳に入ってこなくなった。
試験の時も思ったが、この教導師はどうにも声の抑揚が薄い。
「――それでは、総長閣下よりご挨拶を頂戴する」
ようやっと終わる頃には、リッツは意識が半分飛んでいた。
「ふむ、どうやらギュンターの話が長すぎたようだな。私からは一つだけ、短めに話しておくことにしよう」
次いで総長オズワルド=バーゼルが、辟易した様子の新訓練生たちに苦笑しながら話し始めた。やはり彼の声はよく通る。
「……騎士とは、主君と民があって初めて成り立つものだ。このような形で目指すというのは、本来あるべき姿ではない」
一般的には王侯貴族から叙勲を受け、血筋と、それから土地を持つことによって成立する。それが騎士だ。
バレリウス王国のみならず大陸中にその身分は存在し、そして彼らのほとんどは、おそらくアリアン中央騎士団院の出ではない。
「では、我らの掲げる『騎士』とは何か?」
総長はゆっくりと問いかける。
リッツは頭の中で、自分のような「平民の騎士」を思い描いた。
それも一つの答えだろう。しかし時の有力者たちが箔を付けさせるために、わざわざ徒弟を送り込むのだ。きっと別の目的がある。
何かはわからなくとも、リッツもそう感じる節はあった。
「……それは『秩序』を守る者。決して折れることのない、唯一のしるべである。これをゆめゆめ、忘れてはならぬ」
オズワルド総長はそう結んで話し終えた。
「秩序……か」
リッツの故郷は、まさしく秩序を乱す者たちの手で焼かれたのだ。
そういった者どもを許さないためにも、研鑚を積んで「騎士」になる――それも彼の目指すべき姿。そう思えなくもない。
「最後に、本来ならば国王陛下にご登壇いただくところではあるが……生憎と陛下はご多忙でいらっしゃる」
再び拡声魔術が大広間に響く。
国王。文字通りこの国の王、統治者である。
そんな存在、村で羊飼いをしていた頃では考えられなかったが、確かにこのアリアン中央騎士団院は王立施設という話なので、そういうこともあるだろう。
残念ながら、この場にはいないらしいが。
「ゆえに陛下に代わってこの国の宰相であられる、ヴォルター=オールストン公爵閣下にお越しいただいた」
直後、リッツは内心ざわついた。
ちょっと待て。今、あの教導師は何と言った?
忘れもしないその名前。
それから視界に入ったのは、はっきりと映える銀の髪に、少し遠くからでも視認できる銀の瞳。
間違いない。紹介されて登壇したのは、二年前にリッツの故郷を訪れ、彼の幼馴染を連れて行ってしまった人物――ヴォルター=オールストン公爵だった。
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