29 トオリル
時は来た。
ついにリッツは「騎士」となる。
いや、正確には訓練生なのだが、とにかく記念すべき第一歩を踏み出したのだ。
食堂では勢いそのままに、バラットとメーファから手荒い祝福を受け、帰宅後はザイールにもそのことを報告した。
ただ彼は教導師という立場もあってか、話す前から知っていたようだ。
「おう、よかったな」
大盛りの夕飯をかっ食らいながら、ザイールがもごもごと喋った。
「それだけかよ」
「なんだお前、まさか撫で回してほしかったのか?」
「んなわけあるか!」
などと軽口を叩き合う。
呆気なさ過ぎてリッツは思わず苦笑したが、大げさに褒められてもそれはそれで気持ちが悪い。自分とザイールとの間柄はこれでいいのだ。
それはそうと試験の後でザイールと会うのは、何気にこれが初めてだった。
「なあ……結局、あの竜は何だったんだ?」
「さあな。俺にもわからん」
あの竜――カエルムドレイクは、試験のために配置された他の竜とは明らかに一線を画する存在だった。
それが四体も出たとあっては、異常事態が起こっていたのは間違いないだろう。
現にあの場では、教導師も一人負傷していたのだ。
「その件はお偉方の預りになってな……まあ下級竜の群れに寄ってきたとか、おおかたそんな話に落ち着けるんじゃねえかな」
ザイールは多少含みのある言い方をしたが、真相はわからなかった。
「まあなんだ。とにかく生きててよかったな、リッツ」
「……ほんとだよ」
本当に死ぬかもしれないところだったのだから笑えない。
「ところで、入隊したらお前さんは寮生活になる。居候も晴れて終了だぞ」
「ああ、そういう話だったな。早いとこ荷物もまとめておく」
とはいえ孤児であるリッツには、もともとたいした荷物もなかった。一日あれば余裕で終わることだろう。
「……こっから先はお前さん次第ってことだ。がんばれよ、訓練生」
「そっちこそ。俺だけ容赦なくしごくなよ、先生」
「安心しろ、そこは全員平等だ」
差し当たっての目標は二年前にこさえた借金の返済だ。まずはそれを為すために、リッツはこの地で「騎士」を目指す。
◆
それからあっという間に時間は過ぎて、とうとう入隊の日を迎えた。
リッツは支給された真新しい制服――訓練生が日常で着用する衣装に袖を通す。
「相変わらずでっかいな、ここは」
やたらと立派な正門をくぐった先、石畳の広場を越えて階段を上ると、試験以来の中央棟へとたどり着いた。何度見ても規格外の館だ。
入隊の式典はこの敷地のどこかにある大広間で行われるとのことで、まずはそこに行かなくてはならない。
だが正直迷いそうなので、施設の人間に聞くのが一番確実だろう。
「すみません。大広間へ行きたいんですが」
「ああ、その格好……合格者の子かい?」
「はい。ここは広すぎてどこがどこだかわからないので、聞いておこうかなと」
「ははは。最初は皆そうだろうねえ」
中へ入り、小ぢんまりした受付窓口にいた職員に声をかけると、その男性は人のよさそうな笑顔で対応してくれた。
それにわざわざ部屋から出てきて、道案内までしてくれるという。
「……君、もしかしてザイールのところの?」
「え、なんでそれを?」
男性はまじまじと自分を見るなり、そんなことを言う。
よく見れば彼は、自分と同じ黒髪だった。
「ああ、急にごめん。彼とは古い友人でね。僕は教導師ではないんだけども、ここの職員でトオリル=チャッドといいます。君と同じスラヴァ人さ」
「チャッド? てことは……バラットとメーファの?」
「ご明察。父と娘がお世話になってます」
世間は狭い。どうやら親子三代、騎士団院の中で働いているようだ。
もっともそれは彼らだけではない。トオリル以外にも職員は大勢いるようだし、ここに来る途中には広場の手入れをする者や、門を守る衛士の姿もあった。
このアリアン中央騎士団院には、それだけ多くの人間が生活しているということだ。
かく言うリッツも、合格するまでは給仕場の従業員だった。
「それじゃあ、行こうか」
トオリルに案内される形で、リッツは大広間に向かった。
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