第2章 騎士の門出

第1節 一歩目

28 試験の後

 竜退治は終わった。

 死すら頭によぎる状況だったが、リッツたちはなんとか生き延びた。

 彼らだけでなく、負傷して倒れていたヨハンの小隊にしても、誰一人犠牲者を出すことなく奇跡的に生還を果たしていた。

 それは百年竜にも屈さず戦い抜いた、四人の受験者たちの勲功だ。

 しかし余韻に浸る間もなく少年少女らは完全に疲労困憊で、駆けつけた救援の騎士たちによって回収されていくのだった。


                   ◆


 メーファが言うには、今日は試験の翌々日らしい。

 いつの間にそんな時間が。というかそれ以前に、リッツは自分がどうやって帰ってきたのかすらも、いまいち思い出せない。


「ザイールさんが運んでくれたみたいだよ」


 あっけらかんとして、食堂でいつも通り働くメーファが教えてくれた。

 言われてみればそんな気もするが、あの後すぐに泥のように眠ってしまって家路の記憶など存在しなかった。

 それで気付けば丸二日である。まったく起きることなく経過していたのだから、体感的にはほとんど「試験の翌日」といったところだ。

 さておき、それならば合否が明らかになるのは今日のはず。

 二百余名もいる受験者の中から、選ばれるのはせいぜい二十人。もっと少ない年もあるという。

 筆記が振るわなかったとはいえ、リッツは最大限、特にカエルムドレイクとの戦いも含めて死力は尽くした。

 これで不合格ならもうどうにでもなれ、という気持ちだ。

 そうなると借金の返し方は考えなくてはならないが。


「お~い。リッツさんや?」

「……駄目だな。こいつ完全に上の空だ」


 呼びかけにも返事がない。

 食堂に働きに来たはいいものの、いろいろと使い物にならない少年を見てバラットとメーファはあきらめた様子だった。


「まあ、今日くらいは許してやるか」

「でもじいちゃん。この子昨日も一日中寝てたんじゃん」

「どうせ明日からここに骨を埋めてもらうことになる。なら欠勤の一日や二日くらい、許してやるのが親父心ってやつじゃねえか!」

「そういうもん?」


 言いたい放題である。


「落ちることを前提に話を進めるな!」


 憤るリッツに、冗談冗談、と言いながら二人は同じような仕草で笑っていた。

 この祖父と孫娘は外見こそあまり似てないが、内面がよく似ている。面倒見の良さはありがたい反面、若干繊細な配慮に欠けるというか。


「だがリッツよお。肝心の結果ってやつは、いったいどうやって知らされるんだ?」

「……」

「ねえ? なんで黙ってるのさ」

「…………知らん」


 しばしの沈黙からようやく絞り出したかと思えば、ボソボソと全然聞こえない声で下向きに呟くリッツだった。


「……っぷ、わはは! なんだお前、知らないって!」

「あっきれた! そんなの、受かる受からない以前の問題じゃない!」


 バラットには笑い飛ばされ、メーファからは叱られた。


「仕方ないだろ! 竜と戦った後はそのまま気絶しちまったんだから、本当なら聞ける話も聞けてないんだよ!」


 少年には少年なりの事情もあるのだ。

 ザイールはそういう細かいところまで教えてくれる男ではないので、試験結果の伝えられ方なんて当日聞けばいいと思っていた。

 ところが最後の最後であんなことになってしまったものだから、必要なことが聞けず仕舞いになってしまった。


「そういうことなら、中央棟の前にでも貼り出されてるんじゃねえのか?」

「えー? そんなの、見たことあったかなあ……」

「ああん? まあ……そうだな」


 バラットもメーファもあやふやなことを言っている。

 彼らの方がここでの生活は長いのだ。その二人の認識が曖昧なのであれば、おそらくそんな単純な方法では発表されないはずである。

 とはいえ他に心当たりがあるわけでもないので、ひとまず騎士団院の中央棟まで確認しに行った方がいいのかもしれない。


「おし。今日はもう上がっていいから、さっさと行って砕けてこい!」

「そうそう。どうせ今日のあんた使い物になんないし」


 揃いも揃って一言余計だ、と思いながら出かけることにしたリッツだった。それから壁に引っかけていた手荷物を取ろうとしたのだが、


「うわ! なんか光ってる!」


 ボロを継ぎ合わせた布袋が見たこともない輝きを放っていた。


「……お前、変わったもん持ってるのな」

「いやいやいや、そんな変なもんじゃないぞ!?」


 これは何の変哲もない、ただの継ぎはぎだったはずだ。

 布の扱いはもともと母から習っていたから、ちょっとした端物ならああやって繋ぎ合わせて再利用している。


「……ん? ねえリッツ。あんたこれ、最後にいついじくった?」


 メーファがそれをジッと見て問うてきた。


「いつって? 少しほつれてきたから、今朝の起きがけにその辺にあった布切れをあてがって……って、ああ!」


 より一層呆れたように、けれどもメーファは笑顔になって。


「まったく、寝ぼけてんじゃないよ!」


 うっかりリッツが縫ってしまったのは腕章だ。試験前に配られ、小隊編成にも用いられた、おそらく魔道の力が込められた、あの腕章だった。

 それが、まばゆく光っていたのである。


『おめでとう、リッツ=パドガヤル。君をアリアン中央騎士団院の訓練生として迎えます』


 浮かび上がった光の文字には、はっきりとそう書かれていた。

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