26 巨竜の最期
まだ、試していない武器がある。
確証はない。
それでも今は、やれると信じるしかなかった。
「エリック、簡単に言うぞ!」
一刻の猶予もくれない巨竜を前にして、悠長に説明している時間はない。
「あんたのありったけを全力だ! 一発でいい! あの竜めがけて、ぶちかませ!」
「お、おう! けど、当たらなくても文句言うのなしだからな!」
彼の雷は精度に難がある。それはリッツもわかっていた。
そして、
「アンネロッテ! さっき俺にかけた、身体能力を上げるあの術だ!」
「わかりました、今援護します!」
「違う、俺にじゃない! コルツにかけるんだ!」
「え!?」
「ぼ、ぼく!?」
予想外のことを言われ、当事者の二人は戸惑った。
しかしリッツは構わず叫ぶ。
「最後にコルツ、あんたが一番重要なんだ! その大盾を持って、とにかく竜に向かって走れ!」
「うえ、ええ!? そんな、ぼく……」
「大丈夫だ! あんたは自分の体と盾と、そしてアンネロッテの術を信じろ!」
「うう……ああもう! わかったよ!」
「よし!」
そうだ、これでいい。
ここまでは皆できるはずなのだ。
あとは自分がしくじらなければ――もっと言えば、母の形見が通用しさえすれば。
「順番はない! みんな、一斉にやってくれ!」
リッツの号令が合図となって、三人が同時に指示された行動を起こす。
「【
「【
「んりゃあああああああ!」
少年少女たちの渾身の叫びが、燃える森にこだまする。
◆
言われた通りたった一発、エリックの放った大きな稲光が、カエルムドレイクの頭上を襲った。それはこれまでのどの雷撃よりも、一番近くまで届いていた。
やはり、命中はしなかったのだが。
「ちっ、くしょう!」
アンネロッテの術は、すでに走り出していたコルツもしっかりと捉えた。
しかし彼女はそれまでにかなりの魔力を消耗していたのだろう。術をかけ切ったその瞬間、へたり込んで動けなくなってしまった。
「ああ……もう、だめ」
コルツはとにかく前進した。
重い、怖い、もう嫌だ。そう思いながら半泣きになって前に進んだ。
体が急に軽くなった。アンネロッテの術が効いたのだ。
だが少し前にリッツがそうなったように、初めての感覚をコルツもまるで制御できてはいなかった。
「うわああああああ!」
もつれたままでも足だけは回りに回る。
そのうち、ずん、と鈍い音がして、とうとう何かにぶつかった。
「ぎゃふん!」
すると、後からもっと大きな音――巨大な物体が横薙ぎになったような地響きにコルツが目を開けると、そこには横たわる百年竜の、大きな大きな脚があった。
「あとは任せろ」
意識もあやふやなコルツの頭上を、誰かが颯爽と駆けていった。
◆
エリックの魔術は、カエルムドレイクの注意を頭上に向けさせた。首を上げたことで全身がピンと張り、細長い百年竜の上体は起き上がっていた。
アンネロッテの法術はやはり正確で、コルツの肉体をしっかりと強化していた。おかげで彼は止まることなく走り切った。
コルツは恐れに震えながらも、途中で逃げ出したりはしなかった。ともすれば焼かれかねない状況だったが、体当たりで見事に竜を横倒しにした。
「これを逃せば、もう機はない!」
リッツは仲間たちの働きに応えなければならない。素早く竜の体に登り、あっという間に首の上を駆け抜ける。
狙うは最初に風穴を開けた右目。ここだけは、矢の一撃も効いていた。
ワイバーン種であるカエルムドレイクの頭部は細い。
矢では届かなくとも、「それ」ならばもっと深く、きっと急所まで届くはずだ。
「これで……どうだ!」
リッツは湾刀を逆手に持って、勢いのまま竜の空洞――右目の穴に突き立てた。
直後に咆哮が上がった。
激痛に百年竜は悶絶し、たまらず首を左右に振ろうとする。しかしリッツは絶対に振り落とされまいと、むしろ剣を強く、深く突き刺した。
「ギィィィィィィィイイイ!」
竜はのたうち回ったが、やがてそれすら適わなくなった。
皮肉なことに、必死に暴れたことが自らの最期を大きく手繰り寄せたのである。それはまさしく阿鼻叫喚。今日一番に耳に響く。
結局これが、百年竜――カエルムドレイクの断末魔の叫びとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます