25 苦戦
「おいコルツ! やってくれたな、おい!」
「うわあぁん! ごめんよぉ!」
「今言っても仕方ない! それにどっちにしろ、避けては通れなかった!」
エリックが頭を掻きむしっているが、リッツも言うように少しだけ早いか遅いかの違いだろう。
拾った子竜の炎による、先制攻撃。
百年竜――カエルムドレイクとの戦いは、あまりにも唐突に幕を開けた。
右目を焼かれた竜は怒りを露わにして、もう一度大きく吼える。
その勢いのあまり、リッツたちは散開してしまったのだ。
「あまり離れるな! 一人で襲われたら絶対に助からないぞ!」
束になっても対抗できる保証もないが、しかし単独行動で太刀打ちできないことだけは目に見えていた。
「アンネロッテ!」
「ご、ごめんなさい……足が、すくんでしまって」
しかしアンネロッテが出遅れてしまう。彼女は負傷者の治療に集中していたから、仲間の誰よりも消耗していたのかもしれない。
「今向かう!」
リッツは駆けた。
乱雑に振り回されるカエルムドレイクの鞭のような尾を素早くかわしながら、立てなくなったアンネロッテの元へと急ぐ。
「す、すみません……」
「謝らなくていい。まだ立てるか?」
「はい、何とか」
すぐに彼女を起こして竜から距離を取ろうとしたのだが、
「あぶねえ! 早く逃げろ!」
エリックの叫ぶ声が聞こえた。
振り返ると、カエルムドレイクの喉が膨らんでいるのが分かった。膨張部が黄色く光って、何かがこみ上げる様子が見て取れる。
炎が、来る。
「口を閉じとけよ!」
直感的に察知できたのは、先ほどの子竜を見ていたからか。リッツはアンネロッテを抱き上げて、全力で飛んだ。
直後に轟音。
彼らの背中ギリギリのところを、炎の筋が通過していった。
子竜のそれとは比べ物にならない猛烈な熱量だ。
「あっぶ、ね……」
「ああリッツ、傷だらけです……」
勢いに任せて滅茶苦茶に飛んだので、体中擦り傷ができていた。
「こんなもん、死ぬよりゃマシだ」
それに今は極限状態だ。たいした痛みも感じない。
リッツは乱暴に傷を拭って竜を睨む。
「次がくるよ!」
今度はコルツの声。どうやらカエルムドレイクは完全に、リッツとアンネロッテに照準を合わせたようだ。
次はもっと上手に避けてやる――こんな状況だというのに、リッツの顔にはなぜだか笑みも浮かんでいた。
だがその前に、
「これでも食らっとけ!」
文字通り一矢報いるために、焼けた右目に追い打ちの矢を放った。
それは耐えがたい激痛だったのだろう。巨竜は首を上に向けざるを得ず、狙いも定まらぬまま上向きに炎をばらまいた。
「うっひぃ! こっちに飛ばすな!」
エリックやコルツの隠れている場所にも飛び火していたが、これはさすがに不可抗力というものだ。
「文句言うな! アンネロッテ、今だ! 逃げろ!」
「は、はい!」
アンネロッテが走り出す。その間にもリッツは何発か矢を放ってみたのだが、体表は非常に頑丈で傷を負わせるまでには至らない。
同じワイバーン種でも、大型と小型とではまるで違う生き物である。
「リッツ! いったんこっち来い!」
「そうだよ! いくら君でも、一人じゃ無茶だ!」
二人の少年たちが必死で呼ぶ。
離れるな、と言ったのは自分自身だ。
ここは仲間の意見に従った方が賢明だろう。
「あっち向いてろ! 【
エリックが魔術でリッツを援護する。相変わらず雷の軌道はめちゃくちゃだが、カエルムドレイクの気を逸らすのには役立ってくれた。
その隙に小隊仲間全員と合流し、そして竜の死角になる辺り。まだ燃えていない木の陰に隠れて状況を確認し合う。
「……焼けた片目は完全に潰したが、身体に矢は通じなかった。後は剣だが……そもそも近寄れないから試してすらいない」
「もう片方の目を狙ってみるのはどう?」
「いや……視界を完全に奪うのはかえって危険だ。暴れ方の予測がつかなくなる」
コルツがシュンとする。
だが有効な武器がない現状では、滅茶苦茶に動き回られるのが一番困る。倒せなければ意味がないのだ。
「じゃあどうするよ?」
「私は、竜と戦うすべを持っていません……」
疲れた顔のアンネロッテが申し訳なさそうにする。
「俺の魔術も……あの規模の竜じゃせいぜい目くらましが関の山だ」
「ぼくも、盾くらいしか持ってなくて……」
エリックもコルツも、自信なさげだ。
「……そもそもお前、それでどうやって試験中戦うつもりだったんだよ」
「そんなこと言ったってえ……」
「よせエリック。コルツも卑屈になるな」
リッツは二人を制した。
さすがのエリックも若干苛立った様子だったが、カエルムドレイクと遭遇するまではそれで上手く回っていたのだ。今さらコルツを責めるのは筋違いだろう。
とはいえ正直なところ、著しく均衡を欠いた相手となると、この小隊編成では苦しくなるのも無理はなかった。
前に出て戦えるのが、リッツだけだからだ。
「やばい! 見つかっちまった!」
エリックが焦る。いかずちに気を取られていた百年竜が、ついに彼らの位置を把握したらしい。また喉の下に膨らみを作って、灼熱の息をお見舞いするつもりだ。
全員、慌ててその場から逃げ出した。
それからすぐに三度目の轟音。
炎が吐かれ、隠れるために身を寄せていた木が焼き払われる。
一歩でも遅れていたら、ひとたまりもなかった。
「この分だと、息切れも期待できないか……」
ここまで火炎の息吹が飛んできたのは三回。攻撃に要する時間も威力も、これといって変化は見られない。
「ど、ど、どうしよう!? こんなのもう……どうにかできるわけないよお! ぼくたちみんな、ここで死んじゃうんだあ!」
「お、落ち着いてください! 私がなんとかしま、しますから!」
「足震わせながら言ったって説得力ねえって! おい、どうするよ!? このままじゃ全滅だぞ、リッツ!」
荒れ狂うカエルムドレイクの咆哮が耳をつんざく。
ただでさえここまでの試験で疲弊しているのだ。圧倒的な力の差に、わずか十二歳の少年少女はいよいよ気力も体力も限界だった。
そうだとしても――
「全員、俺の指示に従ってくれ! まだ……死にたくはないだろう!」
大きく息を一つ吐いたリッツは、迫る脅威に向き直った。
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