23 竜の首

「も~。なんでぼくだけ……こんな」

「すまんすまん。ほかの二人には適役があったんだよ」

「だからって、こんなの調べるって……」


 ブツブツと文句を言うコルツをなだめながら、リッツはそれ――首だけになった竜の骸の傍に近寄った。

 首だけでリッツの半分くらいの大きさだ。


「喰い千切られている」

「うわぁ……」


 コルツが青ざめた。間近で見ると、確かに生々しい。

 しかしおおよそリッツの予測通りだった。おそらくこの首は、木に引っかかっていたものが落ちたのだろう。そして先ほどの、ヨハンの不明瞭なうわ言。

 十中八九、何者かに捕食されたのだ。


「よく見たらこいつ、今日見たどの竜とも違うな」

「ええ……? あ、ほんとだ。たぶん飛竜じゃないかな、これ」


 恐る恐る覗き込んでいたにもかかわらず、コルツからは意外にもしっかりとした答えが返ってきた。


「飛竜? ワイバーンとは違うのか」

「うん。飛竜は手と足がちゃんとあって、それとは別に翼が背中に付いてるんだ」

「よく知ってるな」

「えへへ。ぼくん家には魔獣図鑑があるんだ。その中でも、飛竜は特にかっこよかったから覚えてたんだよね」

「へえ……」


 やはり貴族のボンボン。

 魔獣図鑑など、そんなものが存在すること自体リッツは知らなかった。

 そんなコルツを横目に、リッツはあることに気付く。


「この首……さっきからなんか音がしないか?」

「え!? ちょっとリッツ、急に怖い話するのやめてよ!」

「いや、そういう意味じゃ……」


 リッツが言いかけて、そのすぐ後。

 首の下から、もぞもぞと竜が這い出てきた。

 それはほんの、少年たちの頭ほどの大きさしかない、小さな竜だった。


「なんだ……こいつ?」

「うわっ! これ、きっと子竜だよ! この飛竜の!」

「背中に翼……これが飛竜か。だが何が起こるかわからんし、いっそひと思いに」

「ちょ、ちょちょっ!? さすがに可哀そうだよ!」


 慌ててコルツがリッツを制した。

 リッツもリッツで、得物を抜く速さが尋常ではない。


「しかしコルツ……俺たちは今日、もう何頭も竜を仕留めた。それと何が違う」

「そりゃそうだけどお……」


 二人がわちゃわちゃ言い合っている間にも、子竜はキュイキュイと鳴いていた。


「ええとええと……そうだ! アリアン中央騎士団院には、『魔獣の育成棟』ってのがあるんだよね? そこに連れてってみようよ!」

「うーん? まあ、無事に帰れたらな」


 熱心な説得に折れる形で、リッツはコルツの提案を聞き入れた。


「よかったね、おまえ」

「噛まれるなよ?」

「へへ。大丈夫大丈夫!」


 コルツは持っていた皮袋に、顔だけ外に出す形で子竜を収納することにした。

 とりあえず子竜騒動には決着がついた。そして一連の原因――その正体にも、なんとなく見当がついてきたのだが、


「……? 今、何か……」

「リッツ? どうかしたの?」

「いや……こいつ、案外おとなしいもんなんだな」


 一瞬違和感を覚えたものの、それはすぐに打ち消えた。だからなんとなく目に入った子竜のことに触れて、話をそらすことにした。


「そうだねえ。まだ赤ちゃんみたいだし……」


 子竜はクルル、と喉を鳴らしてつぶらな瞳を二人に向けている。竜も赤ん坊なら意外と愛嬌があるものだ。

 そうするうちに違和感も完全に引いていたので、リッツは仲間との合流を急いだ。


「こっちは調べ終わった。アンネロッテ、怪我人の様子はどうだ?」

「はい。皆さん容体も安定してきました」

「そっか、よかったあ」


 さすが聖教国の出身者は救護の手際が違う。

 アンネロッテの的確な処置で、負傷者の小隊四人と教導師一人は、重篤な状態からは抜けていた。


「ちょっと術も使った?」

「応急だけ、です」


 疲労気味のアンネロッテの様子に気付いて、コルツが心配そうに声をかける。

 彼女の善性がそうさせたのだ。貴重な法術ではあるが、それを使ってしまったことを咎めるわけにもいくまい。


「あとは救援を待つだけだが……エリック! そっちはどうだ!?」


 リッツは木の上で見張るエリックに向けて呼び掛けた。

 しかし、返事がない。


「エリック? おい、聞こえてるんだろ!」


 お互いの行動範囲は「必ず全員が見える位置まで」と決めていた。

 なぜなら有事の単独行動は命にかかわるからだ。なので彼の身に、何かが起こったわけではない。それは三人の共通認識だ。

 それに当のエリック自身が、木の上にしっかりと立っているのだ。負傷した様子も見受けられない。

 だからこそ、返事をよこさない彼の行動が余計に不可解だった。


「ああ……聞こえてる。ちゃんと聞こえてるよ」


 ようやっと力なく呟くエリックの声を、リッツはかろうじて聞き取った。だが他の二人には当然聞こえていない。


「もう少し、はっきり喋ってくれ!」


 リッツは聞き返しながら、一方で虫の知らせも感じていた。

 高い木の上に登っているエリックの表情まではわからない。それでも、語調だけならばはっきりと聞き分けられるのだ。

 そんな中で、耳に届いた彼の言葉である。


「参ったね、こりゃ……」


 エリックはここまで飄々として、掴みどころのない少年だった。

 その彼の声が、震えていた。


「百年竜だ」

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