22 気配
実践試験が始まって、早数刻。そろそろ日も傾いてきた。
リッツたちはその後もワイバーンやレッサードラゴンのような、やはり中、小型の下級竜によく遭遇していた。
けれどもその度に知恵を出し合い、役割を分担して切り抜けた。
その途中、教導師に保護されて泣く泣く退却していく何組かの受験者たちともすれ違った。たぶん竜に手酷くやられたのだろう。
そんな彼らと比べれば、自力で竜と渡り合っている自分たちなど、なかなかいい線を行っているのではないだろうか。そんなことも頭をよぎる。
事実、小隊仲間にも恵まれたのだ。
エリック、コルツ、アンネロッテ。個々の力は竜に遠く及ばなくとも、徒党を組んで立ち向かうには、実にバランスの取れた面々だった。
「日没が近いぞ! 竜退治も、もうすぐ終わりだ!」
「な、長かったですね……無事に帰りましょう」
「ぼく、そろそろお腹が空いてきたよ……」
「ははは。終わったら皆で食堂に来るといい。腹いっぱい食べられるぞ」
だから、なのだろうか。
この時リッツは持ち前の洞察力に油断が混じり、少し鈍っていたのかもしれない。
「あん? あそこ、竜だな。向こうの林の間に……ほれ」
「あ、見えました。レッサー種……でしょうか」
「エリック、また追い払っちゃおうよ!」
迫っていた不穏な気配――それに、まるで気づかぬほどに。
「いや待て。なにか……なにか、様子がおかしい!」
リッツが歩く仲間を制するのと同じくして、ボトリ、と木の隙間から見えていた竜の首が落ちた。
「ひ、ひいぃっ!」
恐れ慄いたのはコルツ。
よく見れば、その竜はすでに胴体がなかった。
「首だけ? いったい、なぜ――」
「み、みんな! あ、あれ……あっち!」
狼狽したのはアンネロッテ。彼女の指差す方向に向かう。
「なんだこれ……全員、傷だらけだ」
リッツは閉口した。一つの小隊がまとまって地べたに倒れていたのだ。加えて彼らを見ていたであろう教導師の姿も、そこにはあった。
「どういうこと!? なんで先生まで倒れてるの!?」
「し、知るかよ! ていうかこいつら、みんな生きてるのか!?」
「かろうじて息はあります。気は失っているようですが……いけない、はやく治療をしなきゃ」
そう言って、アンネロッテが負傷者の治療を始めようとしたのだが、
「待て、アンネロッテ。頼むから……治療は最小限にしてくれ」
「え? そんな、でも」
「すまん、頼む」
リッツは懇願した。魔道の力も万能ではなく、術者の体力を消耗するのだ。
想定される最悪の事態。もしここで原因に遭遇してしまったら、力を使い果たしたアンネロッテを守り切ることは難しい。
それどころか、彼女の力なくしては生きて帰れないかもしれない。
「ん? こいつ……」
リッツは倒れていた小隊の中に、ある少年が混ざっているのを見つけた。
ヨハン=セルバンテスである。しかも浅い呼吸だが、彼は意識が残っている様子だった。
「おい、何があった!?」
「……こんな時に、野蛮人の幻覚が見えるなんて……最悪の一日だ」
この状況でもしっかりと侮蔑してくるのだから、筋金入りと言ってもいい。そのあたりは軽く無視して、リッツは続く言葉を待った。
「くそ……初めから眼中なしか。ただ本能のままに……あれが……」
「なんだ? あんた、いったい何を言っている?」
ヨハンは初めから意識が混濁していたようだ。うわ言を漏らすばかりで、会話が成立しなかった。
仕方ないのでひとまず彼らを木陰のあたり、目立たない場所まで運んでおく。
夕暮れの森は、ひときわ不気味さを増していた。
「……で、どうするよ。逃げるか?」
「けど、このまま負傷者を放置するのは……危険です」
「じゃあここに残るの!?」
四人でいったん腰を下ろし、話し合う。実際難しい選択だった。
森を抜けて逃げるのが最も単純だろう。しかしアンネロッテも言うように、怪我人を放置すれば徘徊する竜に喰われかねない。
しかも逃げたところで「原因」から離れられるとも限らなかった。
で、あるならば――
「……少し前から、俺たちを見ていた教導師の気配がしなくなった。たぶん事態の異常さに気付いたんだろう」
リッツが話を切り出した。
「そうなの? それでええと。それって、つまり……?」
「応援を呼んでる可能性が高いってことか?」
コルツは疑問符を浮かべていたが、エリックが察したようだ。
リッツは頷く。
「ここに留まった方が負傷者の救護もできるし、救援にも期待が持てる……はずだ。ある種の賭けでは、あるんだが……」
さすがに語尾も弱くなってくる。
確証はない上に、そもそも「何事もなければ」というのが前提の話だ。だからこの選択がどう転ぶかなど、正直言って未知数だった。
あとは仲間たちの反応に委ねるしかない。
三人は一度、お互いを見た。
「の、残りましょう! 私は、リッツに同意します!」
まず、アンネロッテが支持してくれた。
「ま、この状況だ……期待値の高い方を選ぶべきだろ。俺も残るぜ」
次いでエリックが賛同する。
「うう。じゃあ、ぼ、ぼくも……残るよ。だって君たち全員がここに残るなら、ぼく一人だけじゃこわくてとっても逃げられない!」
残るコルツも、少々後ろ向きな理由だが乗ってくれた。
小隊の動きはこれで決まった。ならば、行動を起こすのみだ。
「よし。まずアンネロッテは、なるべく法術を使わないで怪我人を看ていてくれ」
「は、はい!」
「エリック。あんた実は結構目がいいだろ? 差し当たって異常がないか、木の上から見張っていてくれないか」
「おお? よく気付いたな!」
「そしてコルツ! あんたは、俺とあの竜の首を調べるぞ」
「うん、まかせて! ……って、えええぇえ!? なにそれ!?」
一人だけ方向性のおかしな指示を出され、コルツは慌てふためいた。だがリッツは初めからずっと気がかりだったのだ。
あの、突然落ちた「竜の首」が。
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