21 魔術と法術

 次に遭遇した竜は、翼を持たない中型の二足歩行種だった。

 低い唸り声を上げながら、出くわした四人の受験者たちを睨みつける。細い体躯に細い顎だが、開けた口にはしっかりと鋭利な牙も並んでいた。


「こいつ、さっきのやつよりもデカいぞ」

「レッサードラゴン……デニスではよく見かける下級竜だ。これといって特徴もないが、そうは言っても普通の獣に比べりゃ獰猛だし力も強い」


 エリックはサラッと言うが、体高もリッツの二倍近くはある。こんな怪物をよく見かけるなど、デニスという国はいったいどんな土地だというのか。

 だが幸いにも竜は一体。先ほどのように複数でかく乱される心配もない。


「こ、これとぶつかるの……ぼくいやだなあ」


 コルツがびくびくしながら盾を構えた。普通に考えれば、まだ十二歳の少年が当たり負けするのは目に見えている。

 下級といってもやはり竜。正面からやり合うのが正解とは思えない。


「試験官さんは追っ払ってもいいって言ったんだ……なあアンネロッテ。キミ、治癒以外では何が使える?」

「え、あの……運動能力を少し向上させる程度です」

「そいつはいいね!」


 エリックが不敵に笑った。


「おい、エリック。どうするつもりだ?」

「まあ見てなって……」


 言うやエリックは魔術書を開き、彼の右手人差し指が閃光を纏う。木々の隙間では小さな雲が渦を巻くように発生し、一か所に集まった。


「そらよ! 【曇天の瞬きトニトルス】!」


 頭上の雲から、突如稲光が落ちた。そして二本、三本と光の筋が、立て続けに落とされていく。

 ところがいかずちはさっぱり竜に命中しない。

 動きが無軌道すぎるのだ。


「ねえねえ、当たってなくない……?」


 そんな様子に、コルツが冷や汗交じりに問いかけた。

 それどころか雷鳴に驚いて、竜がパニック状態に陥ってしまっている。


「お、おい。というかあれ……こっちに向かってくるぞ!?」


 取り乱して真っすぐこちらに突進してくる竜。

 さすがに焦りを隠せないリッツ。

 だが事態の張本人であるエリックといえば、


「アンネロッテ! さっき言ってた法術を、リッツにかけてやれ!」

「え!? あの、はい! 【風車の回廊アシステーレ】!」

「は? 一体なにっ……うお!?」


 アンネロッテの杖が光ると、リッツは身体がぐんと軽くなる。だがそれを実感する間もなく、誰かに背中を強く押された。


「なっ!? おいっ!?」

「ようしリッツ、そのまま走れ! そりゃもう全速前進だ!」

「待て、嘘だろ!? おいおいおいおい!?」


 馴染まぬうちから突き動かされ、初めての感覚にリッツは体を制御できない。



「うおわああぁぁぁぁああぁぁぁ!」



 興奮状態の竜が叫ぶリッツに釣られたらしい。視界に奇怪な動きを捉えたのか、そのまま追いかけていってしまった。

 不本意ながらエリックの思惑通り、全速力で走らざるを得なかった。


「あわわ……行っちゃったよ」


 過程はどうあれ、結果的に彼らは竜をことに成功していた。


「すま~ん。適当なところで木に登れよ~!」

「き、聞こえているでしょうか……」

「大丈夫だろ。あいつ、耳がめちゃくちゃ良いみたいだし」


 などとのんきなことを言う。そんなエリックの様子に、コルツとアンネロッテは若干引きつった表情だった。


                   ◆


「……ふざっ! けるな!」


 ぜいぜいと呼吸を乱しながら、けれども我慢できずにリッツは吠えた。息が整わないまま叫んだので、またゲホゲホと咳が出てくる。


「わお、お早いお帰りで」

「あんた……わざと……竜を、けしかけやがって」

「まあ落ち着けって、レッサー種は見た目の割にビビりなんだ。あれが一番穏便にやり過ごす方法なんだよ」

「先に言え!」

「言ったら普通イヤだって言うじゃん。あんなに上手くいくかもわからんかったし」

「じゃあ俺で試すな!」


 のらりくらりとかわされる。埒が明かない。


「リッツ! お、落ち着いて!」


 コルツには制止され、エリックとの問答にも手応えがまるでないので、リッツは諦めてその場に座り込んだ。

 追いかけてくる竜を撒くため走りに走ったのだ。

 とにかく今は、休みたかった。


「あ、あの、リッツ。ごめんなさい……私が考えなしに術をかけたから……」


 ひたすら申し訳なさそうに、アンネロッテが謝罪してきた。

 ただ今回のことで悪いのは、どう考えてもいきなり作戦実行したエリックだ。正確に術を施した彼女ではない。


「いや……あんたはよくやったよ。おかげで、傷一つ無く竜から逃げ切れた」

「そ、そうでしょうか……」


 むしろアンネロッテには感謝したいくらいだった。


「それにしても、術を使うとき杖を出すんだな」


 何気なく尋ねたつもりだったのだが、


「……? 皆そうだと思いますよ?」

「え? ああ、いやいや。なんでもない、忘れてくれ」

「意外ですね。あなたは法術を知っているのに、わざわざそんなことを聞くなんて」


 反応が思っていたものとまるで違い、リッツも慌てて取り繕った。

 どうやら、幼馴染の方が常識外れだったらしい。


「あいつ……天才だったのかな」


 リッツはそんな独り言をこぼす。ここから遠く離れた都へと連れて行かれた彼女のことを、ふと思い出していた。

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