20 初陣
「三体同時だ! いきなり、歓迎されたみたいだぞ!」
リッツが天を指差しながら、三人の小隊仲間たちに呼び掛けた。
その言葉通り空飛ぶトカゲのような生物が三体、甲高い鳴き声とともに勢いよく降下してきた。まるで彼らを出迎えるように。
「うわわ! 竜、竜!? 本物だあ!?」
「落ち着け! 動きをよく見ろ!」
どの竜も滑空し、彼らの間をすり抜けるように通り過ぎていく。そのまますぐに旋回すると一度木に留まり、こちらを見降ろすようにキーキーと鳴いていた。
小首を捻りながらギョロっとした目で様子を窺うその姿は、リッツたちを威嚇しているようにも見える。
「前脚が翼と一体になってる……ありゃワイバーン種だな」
エリックが言った。
三体の翼竜はどれも小型で、リッツと比較しても半分ほどの大きさしかない。しかし相手は魔獣であり竜。油断はできない。
「ワイバーン種は好戦的で自在に空を駆けますが、小型のものは『特筆すべき力はない』と書かれていますけど……」
アンネロッテが不安気に、竜とエリックとを交互に見た。
「ああ、だいたいそれで合ってると思うぜ。そら、もう一撃来るぞ!」
同時に木から飛び立った竜が、再びリッツたちに向かって突進してくる。同じように駆けては通り過ぎ、すれ違いざま鋭い牙や爪を見せつける。
「わ、わ、わ! すばしっこい!」
何度か繰り返されるうち、徐々にかすり傷も増えていく。
「……くそ、遊ばれてるな」
リッツは竜の動きを観察する中で、そう感じた。
獣が稀に見せる行動だった。己が有利な立場であることを察知すると、彼らは時に獲物を追い立てる行為そのものを愉しむことがある。
そしてこれは、それなりの知能がなくてはできない行為だ。
「のっ……なめるな!」
侮ったことを後悔させてやる。
「コルツ!」
「え!? ぼくっ!?」
竜から逃げ惑う中で突然呼ばれ、彼は素っ頓狂な声を上げた。
「あんたのそれ、飾りじゃないんだろ?」
「それは、そのつもりだけど……でもどうするの?」
コルツは戸惑っている様子だったが、あの竜どもを止めるには彼が適任だ。
恰幅のいい身体を守るには、それなりの大きさが必要だったのだろう。コルツはこの試験に際して、大きな「盾」を持参していた。
「ぼくなんかが、竜とまともに戦えるわけないよ」
「何もそいつで立ち回ってくれとは言わない。ただ、一つだけ頼みたいんだ」
リッツは囁く。たとえ武勇に優れていなくとも、それぞれにできることはある。
頼られたことを意気に感じたのか、コルツも覚悟を決めた様子だった。
「また来ます!」
アンネロッテの精一杯の叫びと共に、三体の竜が順に降下する。
逃げてばかりだと思うなよ――そう言わんばかりに、今度はリッツたちも迎え撃つ構えを見せた。
それでも竜は怯まない。三体が一列になって、勢いそのまま飛び込んでくる。
「今だ!」
先頭の竜の牙が迫ったその時だ。
「んりゃあああ!」
コルツが一歩前に出て、盾を構えて力いっぱい押し出した。
一体、二体、そして三体目。
「ぎゃん!」
順にすべてがぶつかる頃には、コルツは後方に吹っ飛ばされていた。
しかし竜にも効果ありだ。フラフラっと、先頭の竜が衝撃でたじろいだのを、リッツは見逃さなかった。
「コルツ、でかしたぞ!」
切れ味鋭いスラヴァの湾刀で、首と胴を真っ二つに切り落とす。
その間に残りの二体は衝突から体勢を立て直していた。だが仲間がやられたことに動揺したのか、翼をバタつかせて飛び立つ構えを見せている。
一度距離を取るつもりだ。
「逃がすか!」
すかさずリッツは得物を弓に持ち替えて、立て続けに二発を放つ。
「ゲギャ!」
「グギイィィ!」
濁った断末魔が二つ響き、二体の竜は飛び立てぬまま地に伏した。少しの時間のたうち回ったが、やがてどちらも動かなくなった。
仕留められたようだ。
「……小型の竜には、刃物や弓でも十分渡り合えるんだな」
斃した竜を一瞥して、リッツは呼吸を整えた。
固いウロコと強靭な肉体が竜の特徴と言われている。手持ちの武器で通用するのかはある種の賭けであったが、目論見は外れなかった。
「やるじゃん、お前ら!」
エリックがリッツに駆け寄り、アンネロッテはコルツに肩を貸していた。
「あの、コルツ。大丈夫ですか?」
「う、う~ん……頭がくらくらする」
「顔にケガをしていますよ。それに鼻血も……ちょっと待っててくださいね」
そう言うと、彼女は短い杖を取り出した。
「こ、これくらい平気平気」
「強がらないで……【
アンネロッテが杖を添えると、コルツの患部、頬のあたりが淡く光った。
すると傷はあっという間に塞がって、鼻血も止まったようだ。
「それは、治癒の法術か」
「は、はい。よくご存知で」
「……昔ちょっとな。あんたは、法術士なのか?」
「そんな大それたものでは……私は初歩的なものしか扱えなくって」
彼女はやはり控えめになって目をそらす。リッツはそれでも十分たいしたものだと思うのだが、魔道の世界はよくわからないので深入りはしなかった。
「しっかしいきなり三体か。こりゃ大きいな」
「うんうん! まあ、やっつけたのは全部リッツだけど……」
「でもコルツは皆の盾になってたじゃんよ。俺なんか、出番ねえんだけど!」
エリックとコルツが二人揃って苦笑する。とはいえ即席小隊の「初陣」としては、なかなか上出来ではないだろうか。
「……竜の鳴き声が、あちこちから聞こえ始めたな」
まるでここからが本番、とでも言うように。
そういえば、試験中は教導師がどこかで見ているという話だった。何を採点しているのかはわからないが、撃退数の記録でもつけているのだろうか。
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