19 魔獣
「竜退治だって?」
「え? 竜って……本物?」
「まさか。バレリウス王国に竜なんていない」
説明を聞いた受験者たちは、にわかにざわつき始めた。
「竜……」
リッツは竜を見たことがない。
この大陸には「魔獣」と呼ばれる存在がいる。竜とは、その一つだ。
ザイールに習ったことはあったものの、実物を見たことはないのでいまいちピンとこなかった。
「マジかよ。本当ならえげつないぞ、この試験」
「竜を知ってるのか? エリック」
「当たり前だろ、俺はデニス出身なんだぜ?」
そうは言っても、リッツはデニス魔術国のことをよく知らない。その様子を察してか、合流したばかりのアンネロッテがフォローしてくれた。
「えっと、デニスは国土の七割近くが山岳なんです。そして竜とは、高く険しい山々を好んで生息する魔獣なんですよ」
つまり平地ばかりのバレリウス王国では、そもそもお目にかかることが難しいのだ。
それを「退治する」というのが今回の試験なわけで、受験者たちが半信半疑な様子になるのも無理はなかった。
「魔獣の育成棟――」
そんな反応も織り込み済みだったのか、試験官は何食わぬ顔で話し始めた。
「アリアン中央騎士団院には、そう名付けられた施設がある。今回の試験で用いる竜は、その育成棟から連れてきたものだ」
つまりは大陸を跋扈する固有種族――魔獣を人為的に飼養する設備が、騎士団院のどこかに存在しているらしかった。
「けど、なんでそんな施設が……?」
おずおずと、受験者の一人が疑義を挟む。
「生態研究の一環だ」
試験官はそれしか言わなかった。
ともかくリッツは竜を含め、未だ魔獣がどんなものかを知り得ない。だがそれは他の受験者たちも、だいたい同じのようだった。
「……さあ、そろそろ試験を始めよう。案ずるな、演習場にはすでに騎士団院の教導師が配置されており、刻限の日没まで諸君らの動向を見守る」
万一の際には危害が及ばぬように最善を尽くす、ということだった。
同時に採点も、その教導師たちが行うらしい。
「倒す、捕獲、追い払う……戦い方は委ねるが、諸君らはまだ見習いですらない。決して己の力を過信することのないように」
説明が終わるや否や、全員の腕章が強く光った。途端に視界が真っ白になって、思わず目をつぶったところで体が宙に浮くような感覚がした。
◆
気が付くと草原ではなく、そこは森の中だった。
あれだけたくさんいた受験者たちの姿は見えなくなり、リッツの周囲にはエリック、コルツ、アンネロッテ。同じ番号が表示された三人だけになっていた。
「転送魔術……」
エリックが足元を観察しながら呟く。
「それも保存の法術との合わせ技、ですね」
「転送魔術自体はそんなに高度な術じゃねえけど……人体となるとな」
「はい。魔術単体では機能しませんよね」
エリックとアンネロッテが二人だけで何やら色々と考察しているが、リッツとコルツには何のことやらさっぱりだった。
「……お~い、二人とも?」
「おっと、わりぃわりぃ」
「す、すみません」
「……察するに、もう試験は始まったみたいだな」
彼らを横目にリッツはそう結論付けた。
辺りにはやはり、自分たちしかいなさそうだ。
番号に応じた場所に飛ばされて、そこから各小隊が竜を探して退治する――といったところだろうか。
構図自体はいたって単純な試験だ。
「じゃあ、ここから竜を見つけてやっつければいいってことなのかな?」
「けど一言で竜っていってもなあ……」
コルツはのんきに言うが、エリックの話では竜にも色々いるらしい。そしてそんな彼であっても、当然すべてを知っているわけもなく。
「私も文献でしか見たことがないので……本物となると」
探すのは大変、アンネロッテも困ったように首をかしげていた。
しかし――
「……いや。どうやら、その必要はなさそうだ」
低く、あるいは高く鳴く音が、ざわめく木々の揺らぎに混じって聞こえてくる。リッツは耳をそばだてて、注意深く聞き分けた。
そうして段々近くなってくる。
その方向は、
「上だ! 皆、気を付けろ!」
探すのではない、向かってくるのだ。
受験者たちが竜を狙っているように、竜もまた獲物を求めてやってくる。そこには何ら不整合はなく、むしろ当然のことであった。
そも、彼らは「魔獣」なのだから。
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