第3節 竜退治

18 実践試験

「ど、ど、どうしよう!? こんなのもう……どうにかできるわけないよお! ぼくたちみんな、ここで死んじゃうんだあ!」

「お、落ち着いてください! 私がなんとかしま、しますから!」

「足震わせながら言ったって説得力ねえって! おい、どうするよ!? このままじゃ全滅だぞ、リッツ!」


 取り乱す少年少女受験者たち。

 それに眼前に立ち塞がる、かつてない脅威。

 いったいなぜ、こんなことになってしまったのだろう。いや、今はそんなことよりも、この状況を切り抜けるのが先だ。

 リッツは大きく息を一つ吐いて、前を向いた。


「全員、俺の指示に従ってくれ! まだ……死にたくはないだろう!」


 そうだ、こんなところで死んでなんかいられない。


                   ◆


 最後の試験「実践」は、アリアン中央騎士団院の敷地内にある演習場で行われることとなった。ただ敷地と一言でいっても、ちょっとした町くらいの広さはある。


「……俺の村よりも広いな、これ」


 そんな広大な区域の一つ、草原地帯に二百人余りの受験者たちは集められたのだ。


「それでは、最後の試験内容をこれから説明する」


 拡声魔術が響く。屋外、それもこのようにだだっ広い空間では、こういった魔術が重宝されるのかもしれない。

 ともかく前で喋っているのは、やはり厳しそうな雰囲気を纏う試験官の男だった。


「まず……諸君らを我々の判断で、事前に組み分けさせてもらった」


 そう言って試験官が右手を振り上げた。

 すると試験前から全員に配られていた布製の腕章が光を発し、各々の手元に数字のようなものを浮かび上がらせる。

 ざっと見て、一から五十そこそこまであるようだった。


「今回は四人一組になってもらう。そして浮かび上がった番号が同じ者……それが同じ小隊となる。まずはその者たちで固まるように」


 模擬戦の時のような、貼り出しによる発表ではなかった。

 リッツに表示された番号は「五」だ。それから同じ番号の者を探す。


「よ! やっぱりお前、俺と縁があるね!」

「……なんだ、あんたか」


 陽気な少年エリック=ベンジーが、自分と同じ「五」の番号をひらひらと掲げていた。

 デニス出身の魔術士、それが彼に対するおおまかな情報である。


「なんだとか言うなよ。いやあ、今朝見た時からなんとなくビビッときたけど……まさか同じ組になるなんて――」

「リッツじゃないか!」


 続くエリックの台詞はかき消された。

 横から現れた恰幅のいい素朴な少年――食いしん坊のコルツ=アルバートが、うきうきと歓喜するように駆け寄ってきたからだ。


「すっごい偶然! ぼくもおんなじ小隊みたいなんだ!」

「そんなに引っ付くなって。それより、もう腹は空いてないだろうな? コルツ」

「あっははは……」


 コルツは笑って誤魔化していた。


「え……なになに? お前ら知り合いなの?」


 そんな二人の様子を見て、エリックはきょとんとしていた。

 結果的に彼の話は途中で遮られてしまったのだが、特に気にするそぶりもない。むしろ新たに登場した小隊仲間に、興味津々といった様子だ。


「まあ、ついさっき知り合ったばかりだけどな」

「うんうん。だけどぼくたちは、同じごはんを食べた同志なんだよ!」

「へえ、そうなのか」

「いやいやいや。だいぶ大げさだな……」


 多すぎて余しそうな弁当を少し分けただけの間柄なのだから、いささか誇張表現が過ぎるのではないだろうか。


「でもリッツが一緒だなんて心強いよ! 君の技術試験、ちょっとだけ見てたんだ」

「模擬戦もな! さすが、俺の見込んだ通りだったね!」


 いつ、どう見込まれたのかはこの際置いておくとして、偶然にもリッツはこの試験の前までに言葉を交わしたことのある、二人の少年と組むことになった。


「これで三人か」


 彼らは和気あいあいと自己紹介などをしているが、小隊は四人で一組ということだ。では、残る一人の受験者とは誰だろうか。

 すると――


「あ、あの。皆さんは五番の方たち……ですか?」


 控えめに、どこからか声がした。


「……? コルツ、今なんか言ったか?」

「え? 君こそ、何か言わなかった? エリック」


 コルツにもエリックにも、ほとんど聞こえていなかったらしい。

 それほど小声で囁かれていたのも確かなのだが、幸いにもリッツは耳がいいのでしっかりと聞こえていた。


「……あんたらの後ろだ、後ろ」


 呆れるように、リッツは彼らの後方を指差した。


「うお! いつの間に!?」

「わあ、女の子だ。君もおんなじ番号?」

「は、はい」


 ふわふわした薄金色で、瞳が隠れてしまいそうな前髪が印象的だ。そして控えめな声のイメージを損なわない程度には、おとなしそうな少女だった。


「よっしゃ、女子だぞ! ついてるな俺ら」


 急にエリックが浮かれだした。

 騎士を目指すということもあって、入隊試験の受験者比率はさすがに男子の方が多い傾向にあるのだが、それでも十人に二、三人くらいは女子もいるのだ。


「そっかあ、ぼくはコルツ=アルバート! 君は?」


 朗らかな懐っこい笑顔でコルツが尋ねた。少女は少し目を泳がせていたが、深呼吸してリッツたち三人に向き直る。


「アンネロッテ=イー=フローレンス……アヴァラン聖教国から来ました」

「聖教国……そいつはまた、遠路はるばる」


 それを聞いてリッツは素直に驚いた。アヴァラン聖教国とは、この王都マルトリウスから遥か南東に進んだ先にある、宗教を基盤とした国家である。

 大陸のそこらじゅうに点在する聖教の教えを説く教会。その総本山とも言うべき存在であり、かつて実在した聖者アヴァランの名を冠して興された、由緒ある国でもあった。


「フローレンス家の名代として、受験することになったんです」

「ふうん……」


 名代、という単語にリッツは若干の引っかかりを覚えた。しかしそれが何であろうと、これから始まる試験には関係のないことだ。


「……静粛に。各小隊、揃ったか?」


 試験官の一声で場は静まり、いよいよ試験内容に触れられる。


「個として優秀な者は、意外と多くいるものだ。もっとも、この日のために備えてきたのだから当然だろう……しかし『騎士』の任とは、むしろ集団であることの方が多い」


 そこには個々がどれほど優秀であっても、決して届かぬ「領域」がある。

 試験官は、厳格にそう言い切った。


「したがって今年の実践試験は小隊編成……この演習場で、退を実施する」


 厳かな試験官の眼は力を帯びて、受験者たちを威圧するようだった。

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