15 模擬戦
模擬戦の前に、形だけの一礼をして互いに歩み寄る。
「光栄だよ、野蛮人。こうしてすぐにお前を叩きのめす機会を得られた」
本来であれば握手がそこに挟まるのだが、ご覧のとおり徹頭徹尾むき出しの敵意のために、省略せざるを得ない状況だ。
壮年の試験官には怪訝な顔をされたものの、リッツにはどうすることもできないのだから仕方ない。雰囲気でそれが伝わったのか、作法の訂正も求められなかった。
「……まず、武器を決めないか?」
ため息の一つくらい吐きたい気分だったが、リッツは冷静に提言した。それを決めないことには模擬戦が始められないからだ。
「先に選べ。お前が選択した武器で戦ってやる。その上で……僕はお前を降す!」
己の強さと技術の優劣を証明し、何よりリッツのプライドを挫くことができる。
ヨハンの発言からは、そういった思惑が見え隠れしていた。
よほど自信もあるのだろう。
「わかった。じゃあ俺は……この剣にする」
リッツは備えてあった訓練用の剣を手に取った。無難な選択にも映るが、別に奇をてらう必要もない。
弓がなければ剣――それは最初から決めていたことだ。
「ふん。面白みはないが、まあいいだろう」
そんなもの嗜んでいて当然と言わんばかりに、鼻で笑うようにしてヨハンも訓練用の剣を手にする。
二人は一振り二振り感触を確かめて、そのまま構えの姿勢に入った。
「……双方、準備は整ったか?」
位置につく。試験官の呼びかけに、リッツもヨハンも無言で頷いた。
「ヨハン=セルバンテス……よく覚えておくといい。お前を叩き潰す者の名だ」
リッツはそこで初めて、この少年の名を知った。
「……疾く駆ける草原の民、リッツ=パドガヤル」
意図はどうあれ、リッツも名乗りには名乗りで返す。
それがこの場で可能なせめてもの作法だったとはいえ、内心では「名など覚えてくれるなよ」とも思っていた。
剣という同じ武器こそ選んだが、リッツとヨハン――二人の少年の師事する流派がまるで異なるということは、互いの構えを見れば一目瞭然だった。
元来軽めで刀身の曲がった得物を用いるスラヴァの剣技は片手持ちなのに対し、バレリウスのそれはしっかりと両手で握っている。
「……未開人の剣術など取るに足らない。どこからでも打ち込んでくるといい」
安い挑発だ。言葉の割に慎重な構えを崩さないヨハンの姿勢は、ひとえにリッツに対する警戒心の表れに他ならない。
「そうは言うが、足が少し震えているんじゃないか?」
だからリッツは、少しだけ煽り返して様子を見ることにした。
「はんっ、ハッタリを! たとえそうだったとしても、それはお前をこの手で倒せることへの武者震いだろうさ!」
ヨハンが吠えた。お互い簡単には釣られない。
それにしても今日が初対面にもかかわらず、ここまで派手に因縁をつけられるのもやるせない。
しかも自分がスラヴァ人だからという、ただそれだけの理由でだ。
「初めての対人戦がこれか……」
実は彼にとって、これが同年代と相対する最初の試合だった。今までの相手はもっぱらザイールで、自分がどこまで通用するのか試すような場もなかったのだ。
だから勝ち負けにしても、リッツには圧倒的に負けた記憶の方が多かった。模擬戦への不安だって、無いと言ったらそれは嘘だ。
「……できれば、もう少しまともな奴がよかったな」
リッツはボソッと呟いた。
その間にも目だけは切らさず、じりじりと間合いを探り合う。
「チッ! さっきから何をブツブツと……気でも触れたか!」
しばらくすると詰め切れぬ状況に焦れてきたのか、ヨハンが苛立ったように叫んだ。
「気にするな、文字通り独り言だよ」
あと一押し――それを本能的に感じ取る。
リッツは構えの切っ先を少し下げ、剣を持たない左手を顔に近づけた。そのまま口の端を歪ませて、意図的に侮るような笑みを作る。
「けどそうだな……あんたの古めかしい剣技が、あんまりかび臭いからここまでにおってくるんだよ。どうにかしてくれるか?」
「っの! 外道がっ!」
雄叫びを上げたヨハンの足が大きく動いた。同時に、リッツも体を捌く。
均衡はようやく破られた。
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