13 技術試験

 技術の試験が始まると、途端に訓練場は喧騒に包まれる。入隊試験に臨む若者たちが、一心不乱に自らの長所を注ぎ込むからだ。

 その熱気がうねりとなって、場外にまで轟くようだった。


「はっはっは! 今年も試験が始まったようだね!」

「……何がおかしいのか知らないけれど、それはどの立場から言っているの?」

「もちろん、未来明るい少年少女たちの先達としてさ!」

「あっそ……まあいいわ。彼は置いといて、あなたにとっては懐かしいんじゃない?」

「うん? まあ、そうだね。僕は君らと違ってね……」


 訓練場の壁の上にぐるりと配置された観客席の一角で、三人の訓練生たちが試験の様子を眺めつつ会話していた。

 男子が二人に女子が一人。皆リッツよりも三、四歳ほど年上だろうか。もっとも彼ら以外にも、物見感覚で試験を覗きに来た訓練生は結構いるようである。


「ほう……して、今年の受験者たちはどんな塩梅なのかね?」


 そんな折、場にそぐわぬ老練な男が顔をのぞかせた。


「そ、総長閣下!? なぜこのような場に!?」


 高らかに笑っていた訓練生が、突然の総長オズワルドの登場に狼狽した。


「私は試験の総括者であり責任者だ。視察するのに、何か問題があるかな? まあ……現場は教導師諸兄らに任せているがね」

「い、い、いえ!」


 不敵に微笑む総長に、お祭り気分だった訓練生たちも恐縮しきりな様子だ。


「……何人か、おもしろそうな子たちはいますね」


 三人のうち、柔和な訓練生はあまり動じずにジッと観察しながら私見を述べた。すると澄まし顔の女子訓練生が、不服そうな表情を浮かべて付け加える。


「私としては……優秀な法術士がいなさそうで残念ですけど」

「ふふ。まあ、各々見守ろうではないか」


 そこで総長の言葉と同時に、反対側の観客席から歓声が上がった。


「やるな、あいつ」

「あれ意外と難しいんだよなあ。どこの家だ?」

「赤髪にあの紋章……たしか、セルバンテス家じゃないか?」


 今回の技術試験で最初に注目を集めたのは、わざわざ試験前にリッツを呼び止めてまで侮辱してきたあの少年だった。得物は槍。

 近接試験は相手方となる教導師と「型」で打ち合うというものだ。

 これは武器そのものの腕前もさることながら、相手と呼吸を合わせなければ手足がもつれて派手に転倒したり、動きが合わず手痛い一撃を貰ったりする。

 見た目よりも難度が高いのだ。

 その点少年の動作は無駄もなく、作法に則った実に流れるような槍捌きだった。


「試験官殿。もっと速く、強く打ち込んでも構いませんよ?」

「ほう……言ってくれるな?」


 挑発ともとれる彼の物言いに、中年教導師は乗っかった。

 しかし少年の言葉にも誇張はなく、熟練した教導師の動きにも引けを取らぬどころか、「型」の動きをリードしているのはむしろ彼の方だった。

 試験官が槍を突けばそれをいなし、軽やかな足捌きから手数で攻める。そしてとうとう逆に踏み込んで、穂先を喉に突き付けてしまった。

 観衆の視線も釘付けである。


「参った参った! 俺の負けだ。貴公……名前は?」


 ついに中年教導師が折れた。


「僕はヨハン。ヨハン=セルバンテスと申します! 以後……お見知りおきを」


 少年は一礼し、高らかに宣言する。

 まるでこの先の付き合いを前提とするかのような名乗り上げ方ではあったが、確かに彼が合格を大きく手繰り寄せたのは間違いあるまい。

 そこでまた、観客席から大きな歓声が沸いた。

 少年――ヨハンは、自分にそれが向けられたと思ったのだが、


「おいおいおい、すごいな!」

「的当て全部命中どころか、投げ当てすら百発百中なんだって! しかもあのアルノルド先生のだよ!」

「嘘だろ!? 魔術で的をあっちこっちに飛ばされるんだぞ!?」

「俺、同情しちゃったよ。可哀そうにって……やべっ! 先生こっち睨んでる!」


 そうした反応が口々に交差していた。ヨハンへの歓声と同等か、もしかするとそれ以上だったかもしれない。


「けど……あの子誰? 家柄どころか、服もなんだかボロボロっていうか……」

「髪の色が黒いからスラヴァ人だろ?」

「そんなの見りゃわかるよ!」


 貴族や有力氏族は面識がなくともなんとなく認知されているものだが、件の受験者は誰からの覚えもなかったらしい。

 驚きは憶測へと変わり、試験会場もざわついてきた。


「……俺、あいつ知ってるかも。たしか食堂で働いてたと思う」

「え、食堂……? そんなやついたか?」


 とうとう一部の訓練生から、そんな証言が上がり始める。

 何年か前からポッと現れたその少年の姿を、見ただの見ていないだの、観客席は面白半分の噂話でもちきりだ。


「で、つまり誰なのさ?」

「……さあ?」


 しかしそれが分かったところで結局彼が何者なのか、核心を突き止められた者は一人もいなかった。


「くっくっく……」


 そんな様子を眺めていた総長オズワルドが、声を殺して笑いだす。


「……総長閣下? 何がおかしいのですか」

「なに……これもまた、入隊試験の醍醐味というものよな」


 ひとしきり見て満足したのか、老総長は立ち上がってその場を後にするのだった。


                   ◆


「……なんだ? なんか観客席が騒がしいな」


 今しがた試験から引き上げてきたリッツは、会場のざわめきに気が付いた。

 試験中は目の前に集中していたので気にも留めていなかったが、終わって意識が解放されると耳がいいので色々な雑音を拾ってしまう。

 だから野次馬お断りなのである。


「まあいいか。この試験は手応えもあった……あとは、模擬戦だ」


 技術の試験は課題と模擬戦がセットで行われる。前半の仕上がりは上々だ。残す模擬戦をしくじらなければ、筆記の挽回をできるはず。


「げっ」


 リッツは思わず声が出た。

 試験前に罵倒してきたあの少年が、通路前でわざわざ待ち構えているのが見えてしまったのだ。


「チッ! 図に乗るなよ、この野蛮人……!」


 すれ違うと、さっき会った時よりも機嫌が悪そうだった。より険悪な面持ちで捨て台詞めいたものを吐かれたが、リッツは無視してそそくさと退散した。


「さっきより睨まれたけど……なんだあいつ」


 余計な刺激はしないに限る。今回はメーファの言いつけを守って、無事にやり過ごすことに成功した。

 すると後方の試験会場からまた歓声、いや悲鳴交じりの声が聞こえてきた。


「誰だ! 雷なんてあぶねえ魔術、雑にぶっ放したヤローは!」

「観客席にまで飛んできたぞ!」

「あいつだあいつ、あのデニス野郎だ! てめー笑って誤魔化すんじゃねえ!」


 もはや怒声にも近い言葉が飛び交っている模様である。


「……確かに、有名にはなれそうだな」


 誰の仕業かは何となく察しがついたリッツだったが、会場までそれを確かめに行くようなことはしなかった。

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