第1章 アリアン中央騎士団院

第1節 総長

8 王都へ

 古に、聖者の奇跡が降ったと伝承される地、アストニア。

 豊穣と過酷を併せ持つこの大陸は、東に広大な草原を、西に険しい山嶺を、南に深き大森林を、北に凍てつく銀世界をたたえ、千変万化に表情を変える。

 そんな浩々たる大地のちょうど中央に、建国より五百余年の歴史を誇る大国――バレリウス王国は鎮座しているのである。


                  ◆


 焼け果てた故郷と亡き母に別れを告げたリッツは、旅の傭兵もといアリアン中央騎士団院の騎士ザイールに連れられて、王都マルトリウスへと旅立った。

 そこはこのアストニア大陸のほぼ真ん中に位置しており、高い城壁を誇る王城を中心にして、四方八方へと街が広がる大都市でもあった。


「……でけえ」


 リッツはまず、外観に度肝を抜かれた。それから中に足を踏み入れれば入り組んだ街並みに、さらには住む人の多さに目を回すことになる。

 どれも、故郷の村ではお目にかかれなかったものばかりだ。


「ここは腐ってもこの国の王都だからな。田舎の農村とは、そりゃあ比べ物にならんだろうよ」


 そんな少年を横目に、無精ひげをさすりながらザイールは笑う。

 リッツは圧倒されつつも、この男に遅れないようついて歩くのに必死だった。見知らぬ土地で案内人とはぐれてしまえば、それこそ一巻の終わりなのだ。

 数えきれないほどの人や物とすれ違い、目まぐるしく景色が変わる。そうしてどれほどか歩き回った後、ついにザイールの足が止まった。


「見えたぞ……あれが、アリアン中央騎士団院だ」


 指差す先には、ひときわ大きな館。

 高さもさることながら、見えている敷地が広い。もはや城、もしくは神殿と言ってもいいような、そんな大きさだった。

 まだ王都に訪れたばかりで土地勘もないリッツだったが、直感的に「あそこは街の中心から外れた場所なのだろう」と思った。

 というのも、この広い王都にあってなお持て余すほどの広大な土地が、そこには広がっていたからだ。

 こんな存在感を放つ空間が、街中にいくつもあっていいわけがない。


「お前さんには二年後、あそこに入隊してもらう」

「いや、簡単に言うけど……やっぱり俺にできるのか?」


 輪郭がはっきりしてきたことで、それまで「騎士になる」という目標をぼんやりとしか設定していなかったリッツは、急に不安になった。


「できるさ。なんせこの俺が、直々にお前さんを鍛えるんだからな」

「どんな根拠だ。たいした自信だよ……」


 入隊試験を受けるのは俺なんだぞ――リッツは内心毒づいた。


「それでザイール。あんたは、あのでっかい館に住んでいるのか?」

「いや、一番目立つあの建物は中央棟だ。あそこに常駐してるのはせいぜい総長と……まあその取り巻きくらいなもんだな」


 総長。響きから、騎士団院の頭領なのだろうか。


「俺は、あのバカでかい敷地の中にある居住区に住んでる。お前さんもそこに住んでもらうぞ。ただ厳密には、入隊前のガキんちょを住まわせるのはダメなんだが……」


 まあいくらでもやりようはある、と何やらザイールはブツブツ言っていた。

 どうやら今日からリッツの居場所は、あの中というわけだ。


「あと、言い忘れてたが……俺はな、あそこの『教導師』なんだ」

「教導師?」


 意味は何となく分かる気もするが、馴染みのない言葉だった。


「お前さんみたいなヒヨッコどもをしごき上げる教官さ。前にも言ったが、アリアン中央騎士団院は騎士の学院、騎士養成所でもあるからな」


 教官、という部分は寝耳に水である。


「じゃあ……俺が訓練生になったら、あんたの指導を受けるのか?」

「まあ、そういうこともあるわな」


 振る舞いや出で立ちから、リッツもザイールが普通の騎士じゃないとは思っていたが、さすがに教導師というのは想定外だった。

 というか、この男が騎士の何たるかを教えている姿をまるで想像できない。


「……なあ。あそこ、本当に騎士の学校なのか?」

「ご挨拶だな。評判なんだぞ、『指導が身体に染み渡る』って」


 ザイールは豪快に笑っているが、それがどういう意味なのかは、正直言ってあまり考えたくなかった。

 ほどなくして身をもって経験することを、リッツもわかってはいたのだが。


「光栄に思え? お前さんは入隊前から、俺の『教導』をたっぷり享受できるんだ」


 そこから地獄の日々が始まったのは、言うまでもない。

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