7 友なる風
ザイールが賊をすべて葬る頃には空も白んでいた。
村の生存者は、誰もいなかった。
「……血を引きずった跡がある。切られてなお、歩み続けたのか」
広場から伸びる道の先、茂みの陰でマデリンは見つかった。付近には、斬った覚えのない賊の死体も転がっていた。
彼女が目指したであろう方角を見やり「あっちには、何がある」とザイールが尋ねた。
「俺たちの家だ」
リッツが短く答えると、ザイールもそうか、と言葉少なだった。
陽光が差し始め、変わり果てた村を照らす。燻る炎の音に混じって、少年の嗚咽だけがやがて大きくなっていった。
◆
積み重なった骸は焼いた。
村人は一人ずつ丁寧に弔ってやりたかったが、数が多すぎた。
「お前さん、行く当てはあるのか?」
「……あるように見えるか?」
虚ろな目に炎を映しながら、リッツは覇気なく答えた。
愚問だったな、とザイールも頭を掻く。
リッツにはもう何もなかった。
あるのは母から譲り受けた弓と、今や形見となった剣。それから幼馴染に餞別でもらった薬だけだ。
何より彼は生きる場所と、目的を見失っていた。
そこでザイールがリッツの様子を見つつ、
「……アリアン中央騎士団院って知ってるか?」
そんなことを尋ねた。
「知らない」
けれどもリッツは村から出たことなど数えるほどしかなかったし、それだって近くの町まで用足しに行っただけだ。
「王都にある騎士学院……みたいなもんだ。お前さん、そこに来ないか?」
「そんなの行ってどうするんだ。王都に知り合いなんていない」
大きな街には学校、と呼ばれるものがあることは知っている。だがここいらのような田舎では、せいぜい教会に子供を集めて真似事をしているくらいなものだ。
ましてや「騎士団」なんて存在が、リッツの生活圏に存在するはずもなかった。
「俺はな、そこの騎士なんだよ。お前さんはそこで『騎士』を目指せ」
「は? 冗談だろ。あんた傭兵って話じゃ……いや、ていうか何を目指せって?」
リッツは頭がついていかない。
村のおとぎ話にも登場する騎士の姿と、目の前にいる男とでは似ても似つかない。さらに自分がそれを目指すなど、突拍子がないにもほどがある。
「俺のことはいい。お前さん、騎士になってこの借りを返せ。前借の報酬は何年かかっても必ず返す――その言葉、忘れたとは言わせんぞ」
昨夜、リッツは啖呵を切った。それは偽りのない心からの叫びだったが、まさかこんな形で要求されるなど、思ってもみなかった。
「けど……俺はただの羊飼いだ。騎士なんて、お貴族様がなるもんだろう? 無理に決まってる」
確かに弓には多少なりの自信はあったが、ことはそう単純な話でもあるまい。
「アリアン中央騎士団院は試験をくぐれば誰でも入隊できる。訓練生の受入れは十二歳からだ。お前さん……今、十歳だったな」
二年もあれば叩き上げられるさ、と言ってザイールが笑った。
「……無茶苦茶だ」
「安心しろ、俺が責任もって鍛えてやる。そう簡単には死ねなくなるぞ」
リッツがいっぱしの騎士にでもなれば、身を立てられるほどには稼ぎが出る。借金返済の道のりとしては、一応の筋が通っている。
うまく事が運ぶかは知らないが。
「俺も酔狂で言ってるんじゃない。お前さんの武器は……耳だ」
「耳……?」
「ああ。出くわす前から賊どもに反応し、そのすべてを捉えていた」
リッツに自覚はなかったが、言われてみれば思い当たる節もあった。夜襲に自然と目が覚めたのは、彼の耳がそれを感知したからに他ならない。
マデリンも同様のことを言っていた。
「どうだ、その気になったか?」
ザイールが問う。
正直なところ、今のリッツには事物への執着がなかった。だからその気と言われたところで、抱ける感情など何もない。
で、あればこそ――
「……わかったよ。騎士でもなんでも、なってやる」
それは「断る理由」もないということだ。
どうせ何もかも失ったのだ。生きるところまで生きてやろう。
決まりだな、とザイールが口角を上げる。
「では改めて。俺は栄華と交易の民、ザイール=チャガヴィ。人は俺のことを〈平原の山犬〉とも呼ぶ。お前さんも名乗れ」
部族の飾り名をつけて名乗り合うのが、スラヴァの風習である。
血が流れているだけで、リッツ自身その地を訪れたことはない。だが作法については、母がよく教えてくれていた。
「……疾く駆ける草原の民、リッツ=パドガヤル。誇り高き、マデリン=パドガヤルの息子」
形見の剣を強く握る。
この出会いに、友なる風の祝福を。
互いに唱え、二人は固く握手を交わした。
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