6 平原の山犬

 凄惨というより、もはや異様な光景だった。


「あっ……ああ……うああぁっ」


 狼狽したリッツは言葉を紡げず、うわ言のような音を漏らすだけだった。

 だが、村の入口に雑に重ねられた亡骸の群れを目の当たりにすれば、それも仕方のない話だろう。

 女子供みな一様で、すでに息はない。


「……倒れている者に、生存者は期待するな」


 遺体の様子を確認したザイールが言う。

 それはまだ十歳のリッツには、あまりに非情な宣告だった。

 彼らとはつい昨日までともに働き、戯れ、語り合っていたというのに。


「どうして、なんで……」


 リッツはただ、呆然とするばかりだった。

 その時だ。奥の方から耳障りで、下卑た笑い声が近づいてきた。


「おい、生き残りがいるぞ!」


 三人組が、村人の死体を引きずっていた。下手人の賊に見つかったのだ。

 やっちまえ、掛け声とともにすぐさま襲い掛かってきた。


「身の程知らずの下衆共が」


 吐き捨てたザイールが賊を瞬く間に斬り伏せる。

 長尺の湾刀で一太刀ずつ浴びせ、確実に息の根を止めていた。


「……何してる。行くぞ」


 いまだ動揺を引きずるリッツを尻目にザイールは剣の血を払い、炎に包まれる村へと歩き出した。


「リッツ。お前さん、何が扱える」

「……この、弓なら少し。母親から教わった」


 十分だ、そう言ってザイールがさらに奥へ足を踏み入れる。

 リッツは歯を食いしばってついて行った。



 ザイールは出くわす賊をすべて斬った。まるで遭遇を予見していたかのように、出会い頭に斬って捨てた。

 やがて村の広場が見えてきた。

 幼馴染との思い出が詰まった場所も、そこにある。

 しかしリッツの目に飛び込んできたのは、今なお燃え盛る教会と、すでにこと切れた神父の姿だった。


「神父……様……」


 手には首飾りを握りしめていた。それはあの旅立ちの日、娘が父に贈ったものだった。

 なぜ村が、彼らがこのような目に遭わなくてはならないのか。

 リッツは血の滲むほど、拳を強く握りしめた。


「やっぱり侵入者がいやがった!」


 焦り混じりの声がした。

 戻らぬ仲間の様子を見に来たのか、誰かが見ていたのかは定かではないが、ともかく一人、また一人と賊が群がってきた。

 中央に一回り体格の大きい、不機嫌そうな男がいた。

 お前が頭か、とザイールが問うと、男は躊躇なくそうだと答えた。

 すると、てめぇ傭兵か、と逆に賊が問うたので、ザイールもそれを首肯した。


「こんなちんけな村まで駆けつけて英雄気取りか!」


 罵倒する賊頭は苛立ちを隠さない。たった一人に手こずったのがよほど気に入らなかったらしい。


「だがてめぇ、腕は立つが頭は悪いな。そんなガキ一人助けて何になる」


 傭兵の身の振り方とは、つまるところ金で決まる。

 だから報酬などなんら期待できないリッツの頼みを聞き入れたザイールのことが、ひどく滑稽に映ったのだろう。

 しかも状況から、村はもう助からない。

 客観的に見てもザイールが、この「仕事」とも呼べないような仕事にこだわる理由など何もなかった。


「……しかもその頭の色、さっき殺した女のガキか」


 青筋を浮かべ、なおも賊頭はまくし立てる。


「あの女、一人で手下を四人も殺りやがって。見てくれはいいからせっかく後で楽しんでやろうと思ったのによぉ」


 ああもったいねえ、と男が下劣なため息を吐いた次の瞬間だった。


「ずぁ……?」


 鈍い声。賊頭の眉間は一直線に貫かれた。


「…………っ! ……っ!」


 声にならない叫びとなって。

 弦に赤い雫が滴るほどに引き絞られたリッツの弓が、その矢に何かを乗せるよう、正確に放たれていた。

 お頭がやられた! 一瞬の静寂の後、ざわめく。

 賊の反応は様々だった。いきり立って向かってくる者、慌てて逃げ出す者、どうすることもできずに右往左往する者。

 いずれにしても、頭目が倒れたのはさすがに想定外だったらしい。


「……結果的に首領はお前さんが討ったとはいえ、今回の報酬は前借だ。何年かかってもきっちり返済してもらう」


 襲ってくる賊を斬り払いつつ、ザイールがリッツに語りかける。

 ただ、その眼差しは悪漢どもを捉えて離さない。


「村は焼け、死者も帰らん。だがその上で問う。リッツ、お前の意思を示せ」


 たとえそれを為したところで、もはや無意味なことかもしれない。

 だが答えなど、端から決まっていた。


「……斬ってくれ。一人残らず全員、だ」

「承った」


 山犬とは、狼の別称である。

 東方の広大な草原地帯スラヴァにおいて、高原から降り人畜の安寧を脅かすその存在は古来より畏怖の対象であった。

 一方で荒々しくもしなやかに、神速のごとき身のこなしで縦横無尽に駆け回る様子は伝承にも度々登場し、ある種の憧憬をもって語られている。

 逃げ惑う賊どもを追い立て、片っ端から刃にかけるザイールの姿はさながら狩りをする狼であり、それはまさしく〈平原の山犬〉であった。

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