3 懺悔

 リッツが目覚めると、天井が見えた。

 家の中だ。それも、見覚えのある天井だった。


「起きたのね」

「かあ、さん……? っ……公爵……神父様。ミネっ!」


 錯乱したリッツは飛び起きようとした。ところが首に痛みが走って、うまく起き上がれなかった。


「落ち着きなさい」


 即座に母から制された。いつの間にか、自宅に運ばれていたらしい。


「そうか、俺……あそこで……」


 リッツは我に返ったことで、少しずつ冷静になってくる。すると広場で起こったあれこれの記憶が、徐々によみがえってきた。

 そしてそれを、母に説明した。


「そう、公爵様が……」

「後のことは……知らない。けど、ミネはもう連れてかれたと思う」


 話を聞いてマデリンは目を伏したのだが、


「……黙っててごめんなさい」


 やや間があって、そんな謝罪の言葉を述べられた。やはりというか、彼女も事情は知っていたようだ。

 語る面持ちは互いに暗く、嫌な沈黙に包まれた。


「……その罪は、どうか私に」


 コンコン、と扉を叩く音がしたかと思うと、神父が家を訪ねてきた。


「神父様」

「目覚めましたかリッツ。まだ寝ていなさい、首が痛むでしょう」


 ここまで運んでくれたのも、神父だったのだろうか。

 横になるリッツの傍に彼は座った。


「神父様、ミネは……」

「今はもう、公都への旅路でしょう」


 あらためて聞くとリッツは落胆し、喪失感が増す思いだった。


『十歳の年。夏を迎える前に、娘を公都に召し抱える』


 聞けば以前からそんな書状が届いていたらしい。しかしミネが法術の才能を開花させたのは、うんと幼い時のことだ。

 だからそれがいつ頃の手紙なのか、リッツはもう聞く気も起こらなかった。


「ですが誤解しないでください。ミネがそれを知ったのは、ほんのつい先日です。そして君にも、どうしても言えなかった……」


 神父の言葉は、まるで懺悔だった。

 曰く――最後のその日まで、二人には偽らざる友であってほしかったのだ、と。


「あの子の行く末と残される君の心……それに先ほどの結末を考えれば、果たしてこれが正解だったか……全ては、私の傲慢です。許してくれとは言いません」


 沈痛な表情を浮かべたまま、神父は言葉を結んだ。

 マデリンにしてもいつから知っていたのか定かではないが、神父の心情を慮ったからこそ黙っていたのだろう。

 彼女も人の親であるならば、理解できない話ではない。

 だがもしもヴォルター=オールストン公爵という人物が寛容でなかったならば、今リッツはここにいない。それも偽らざる事実だった。


「……もういいよ。神父様」


 決して許しの意味ではない。しかし、今ここで神父を責めたところでどうにもならないということを、リッツは悟ったのだ。


「それから……あの子からこれを君に、と……」


 神父から手渡された袋の中に入っていたのは、傷薬や包帯。他にも小瓶に入った、すりつぶされた薬草の粉などなど。


「……なんだあいつ。どれも薬ばっかりじゃないか」

「よく怪我をする君のことが、きっと心配だったのでしょう」


 派手さのかけらもない、堅実な餞別ばかりで思わずリッツは笑ってしまった。しかしそれがなんともミネらしく、同時に安堵する。

 マデリンも神父も、つられて笑った。


「……少し、外の風にあたってくる」


 起き上がって、リッツは玄関の方へ歩き出す。


「リッツ。弓の稽古は、どうするの」


 母に呼び止められた。


「……それは、これからも続けてみるよ」


 一瞬考えたが、すぐに答えた。もしもそれをやめてしまったなら、一生ミネに合わせる顔がない気がしたのだ。


「……そう。頑張るのよ」


 マデリンの表情は穏やかだった。


 こうして、一つの別れを経ることで少年は己が無力を知った。

 だが、挫折はここで終わらない。

 聖者の導きとは、かくも残酷なものであろうか。ともかくそれは、彼をさらなる絶望へといざなう。

 そしてその日はもう、すぐそこまで迫っていた。

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