オウガアドヴェント

胎動#1

朝、いつも通りにベッドから起き上がる。

洗面所に行き、顔を洗う。

「相変わらず酷い傷だな。」

俺は鏡に映る自分の顔に指を這わす。

右目の上から顎の近くまでの切り傷の跡。

5年前のあの時、俺は何も出来なかった。

倒壊した建物の瓦礫に押し潰された父親と母親、身体中にガラスが刺さって出血死した姉。

その日俺は1時間もしないうちに家族を失った。

当時15歳だった俺は病院で治療を受けた後とある施設に引き取られ育てられた。

「あの時俺が動いていたらあるいは、、、」

なんて過去のことをいつまでも引きずっていても何も変わらない。

嘆いても家族は帰ってこない、死んだのだから。

「もう過ぎたことだ。」

タオルで顔を拭き気持ちを切り替える。


朝食の準備の前にまずはケトルでお湯を沸かす

5分ほどでお湯が沸く。

コップにインスタントコーヒーの粉とお湯を入れかき混ぜる。


ベランダに出て朝日と肌寒い外の風を浴びる。

「今日は昨日より冷えてるな。」

息を吐くと白くなるほどに冷えている。

コーヒーを一口口に含む。

肌寒い環境とコーヒーがマッチする。

ベランダに設置してある小型のテーブルにコップを置きイスに腰掛ける。

ポケットからタバコを取り出し口にくわえライターで火をつける。

吸い込んだ煙を吐き出すとその煙が空に溶けるように霧散していく。

煙で乾いた喉にコーヒーを流し込む。

タバコの灰を灰皿に落とす。

その繰り返し。

5分ほどしたところでコーヒーを飲み終わりタバコの火を消す。

そこに携帯に一通のメールが届く。

メールは非通知で送られてきている。

『8時30分までに事務所に来い』

「呼び出しか。」

今の時間は8時を過ぎた頃だ。

家から事務所までは電車で15分ほどかかる。

着替えや最寄り駅までの時間を考えると、

「朝食は抜きだな。」



寝巻きから私服に着替えてから髪型をいつものハーフアップに結ぶ。

それから必要な物を持って事務所に向かう。

あれを持っていくべきかどうかだが、

「まだ俺には使いこなせそうもないしいいか。」

もう時間もないし行くか。



まだ時間も早いこともあってか人通りは割と少なく閑静としている。

今となっては不自然でもないがやはり慣れないな。

空を見上げるとどう考えても現代の技術では到底作れない物があった。

ただの住宅街の上にもう1つ、空中に浮いている住宅街が作られているのだ。

それだけではない。

「おい、てめぇ俺らをいつまで待たせるつもりだ。」

「そんなこと知らねぇなぁ、俺には関係ない。」

「てめぇ誰のおかげで生きてると思ってやがんだ?」

裏路地で2人の男が言い争いをしている。

1人はスーツを着た大柄な男でややキレていて語気が強い。

もう1人は俺にはよく分からないファッションをしていていかにも飄々としている。

俺は少し近づいたことろで隠れて男のやり取りを観察することにした。

あいつは、

「その事には感謝してるさ、なんてたって俺のために潰れてくたんだ。」

「ふざけてんじゃねぇぞ、俺らの組織を潰した張本人が何抜かしてやがる。」

「ありゃ、バレてんのか、笑えるねぇ。」

「元身内だからってことで優しくしてたがもういい、どうやら死にたいらしいな。」

大柄の男の雰囲気が変わる。

怒気が完全なる殺気に変わった。

ていうかさっきまであれで優しかったのか。

あれだけの殺気を纏っているのだ男も本気で相手を殺す気だな。

大丈夫だとは思うが、いざという時は俺が何とかするか。

「お前の首を組織の手向けにしてやる。」

「おぉ怖い怖い。」

殺気を向けられた男はなおも変わらず飄々とした笑みを浮かべている。

「一撃で心臓を壊す。」

大柄な男が右腕を伸ばすとバチバチと電気が纏わりつく。

そして全身に電気が纏う。

「へぇ、それがあんたの異能か。」

「ああそうだ、逃げようが防御しようがてめぇのような貧弱な身体じゃ無駄だ。」

「はぁだりぃなー、体力の無駄遣いはしたくないんだけど。」

飄々とした男の笑みは気味の悪い笑みに変わった。

そして大柄な男の前に堂々と立つ。

「売られた喧嘩は買ってねじ伏せるのが俺のモットーだ。」

「出来もしねぇことを吐くんじゃねぇよ。」

大柄な男の殺気がますます強まる。

「じゃあなあの世でも後悔するんだなぁ。」

大柄な男が動いた。

右腕の纏わりついた電気が剣のような形状に変化し飄々とした男に襲いかかる。

普通の人間なら何も出来ない間合い、何も出来ず感電死するだろう。

電気の剣が飄々とした男の首を捉える。

だが、

「あんたつまんないねぇ。」

大柄な男の後から飄々とした男の冷たい声が響く。

電気の剣が首を捉えることはなかった。

捉える寸前に右足を前に出した。

次の瞬間、大柄な男の背後に現れた。

「バカ、、、な、な、、、ぜ」

そしてそれだけではなく、

大柄な男が振り返ろうとした時、頭が地面に落ちた。

一瞬にして勝負が決まる。

両者の間には凡人の格闘初心者と天才格闘家のような圧倒的な差があった。

「あんたじゃ俺の相手にはならないよ、弱すぎるからさぁ。」

飄々とした男が言いながら頭が亡くなった胴体を壁に蹴り飛ばす。

「はぁ、時間の無駄だったなぁ、お!」

飄々とした男が俺に気づき近寄ってくる。

「なんだ見てたのかよ。」

「まぁたまたま見かけてな。」

「なら助けてくれても良かったんじゃないの。」

そう言って飄々とした男"天河 司"は駄々をこねる。

あまり見ていられないな。

「そもそも俺の出る幕はなかっただろ、司は俺より強いんだし。」

「よく言うよ模擬戦で一度も本気出したことないのにさぁ。」

「確かにそうかもな、本気出したら俺の方が強いのは。」

「カッコイイねぇ、さすが"女王様の番"瀬上 彩人」

「その呼び方はやめろって言っただろ。」

「いいじゃんかよ、みんな瀬上を認めてるんだからなぁ。」

そんなことをいいながら俺を揶揄うのが面白いだけだろ。

それは今はいい。

「司も事務所に呼ばれたのか?」

「あぁ。」

「用事は知ってるのか?」

「いや知らないね。瀬上も知らないのか?」

「知らないな。」

「なるほど、とりあえず事務所に急がないと遅刻したら怒られるからな。」

「だな。」

こうして偶然合流した俺たちは急いで事務所に向かった。



同時刻、事務所にて。

「はぁ。」

事務所の一室にひとつのため息が漏れる。

「どうしたものかな。」

「叔父様、何かあったのですか?」

ちょうど部屋に入ってきた女性が聞く。

「いや、まぁあまり言いたくないことだがここ最近腰痛が酷くてね。」

叔父様と呼ばれた男は窓から視線を部屋に戻しながら答える。

「叔父様、また前線に出たのですか?」

女性の問いには僅かながら呆れが含まれていた。

「すまないね、やはりわたしは男だからね。いくつ歳を重ねてもカッコつけようと戦うのさ。」

「もう、前にも言いましたけどそろそろ前線から退いてください。」

「ハッハッハ、前にも言ったがそれは出来ん相談だな。」

叔父は反省した様子もなく断言し笑う。

その様子を見て女性は呆れてため息をつく。

「おっ、ため息はいかんぞ。幸せが逃げるからな、ハッハッハ。」

「誰のせいだと思ってるんですか。叔父はには言われたくないですよ、もう。」

「すまんすまん、南川くんにはいつも感謝しているよ。」

そう言い叔父は笑いながら女性"南川 瀬奈"の頭を撫でる。

「そんなこと分かってますよ。私が居なかったらこの事務所は回らないんですから。」

そう言った南川の顔は言葉とは裏腹に少し照れている様子だった。

「それより、もうそろそろ皆さんが来るはずです。」

南川は恥ずかしさからか話題を逸らした。

「そうか、もうそんな時間か。」

「今日は全員呼んでいるのですか?」

「あぁそうだ。しかしまだ招集した理由は誰にも教えていない。」

叔父は窓の外、上空に浮かんでいる住宅街を一瞥し答える。

「そうですか、では私も口外しない方がいいですね。」

「あぁ助かるよ。」

「では会議室まで移動しましょうか。」

「そうだね。」

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オウガアドヴェント @020916

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