第42話 甘々ランチタイム
「えーっと、私はこのサーモンとほうれん草のクリームソースのパスタと、サラダセットで!食後にアイスティーをお願いします!」
「俺は…、サラダとダブルモッツァレラのトマトソースを。あとアイスコーヒーで」
「えへへ、楽しみだねぇ!あとでデザートも頼もうね!」
端っこのカップルシートに着席してから5分ほど、ようやく俺は雰囲気にも慣れて、ある程度天王寺さんと会話が続くようになってきた。まだしっかり顔を上げて彼女の顔は直視できないが、5分でここまで来たなら上出来だろう。
彼女のほうはというと、もうこの雰囲気にある程度慣れたようで、まだかなまだかなと言いながらパスタを楽しみにしていた。
メニューを開くとそこには20種類以上のパスタが写真入りで載っており、どれもまた美味しそうに見える。予定変更で少しランチが遅くなってしまったことでお腹が空いている影響もあるだろう。
悩んだ末にトマトソースを選んだが、アサリのパスタも良かったなぁ…なんて呟いたところ、斜め前の彼女は「次はアサリのパスタを選べばいいよ!また来よう!」と笑顔を見せる。
無意識で言ったのだろうが、"また来よう"という言葉がさっきから頭の中を駆け巡っている。彼女となら何度でも来たい。ここが思い出の場所になればいい、そんな気がした。
しばらくすると、若干湯気を漂わせたパスタの皿が2つ、そして色とりどりの野菜が盛られたサラダの皿が2つ、テーブルにやってくる。匂いからしてもう当たりの香りがする。
「うわぁ、美味しい!クリームソースは優しい味だし、サーモンは噛んだら口の中でジュワって味が広がるー!」
「トマトソースも美味しいなあ。チーズもよく絡んで、今回はこれで正解だったかも」
「えー!そんなに美味しい?ねえねえ葉太郎くん、私のクリームソース一口あげるから、葉太郎くんのそのトマトソース、一口頂戴…?」
わざとではなく自然な感じの上目遣いでおねだりする天王寺さんが可愛すぎる。こんな頼まれ方をしてダメと断るヤツはいないだろう。
彼女のほうに皿を差し出すと、嬉しそうに自らのフォークを使って、トマトソースの絡んだパスタを器用に巻いていく。長い髪を左手で耳元でかき上げながらフォークを口元に運ぶと、「うーん!おいしぃー!」と嬉しそうな表情を浮かべた。
彼女がパスタを取った部分には少しだけクリームソースがついている。つまりさっきまで彼女が使っていたフォークが麺にあたったわけで、これはだいぶ遠回しな関接キスなのではないか…?なんて思ったら、急にまたドキドキし出して目をそむけてしまう。
「…どーしたの葉太郎くん?私のクリームソース、食べない?」
「あ、いや食べるよ、ごめん、ありがとう」
少し震える手で天王寺さんの頼んだクリームソースにフォークをつけるが、今さっき間接キスだのどうだの考えてしまった影響で若干手が震えていた俺はなかなかうまく巻けず、ようやく巻けたと思ってすくい上げたらボロボロこぼれおちる始末だった。実に情けない。
「う、うまく巻けないなあ」
「このパスタ、ちょっと細めだから巻くの難しいかも…。あ、ちょっと待ってね。よいしょっと。うん、うまく巻けた!はい、あー…。あっ…」
自身のフォークで自分の頼んだクリームソースパスタを上手いこと巻いた天王寺さんが、右手でフォークを持って、左手を下にし零れ落ちないようにしながら俺の顔の手前までパスタを持ってきたところで、彼女の動きが止まる。
それまでニコニコしていた彼女だが、ようやくここで自分が今、何をしているのか気づいたのだろう。一気に顔が真っ赤になり、そのまま動きを巻き戻すように、先っぽにパスタを巻き付けたフォークを皿に戻した。
「あ、あはは…。ごめんつい無意識で…」
「い、いや全然…。その、俺も天王寺さんに食べさせてもらえるのは嬉しかったなぁって…」
一体何を言っているんだ俺は。自分も無意識のうちにとんでもないことを口走ったことに気づいてしまい俯く。天王寺さんも頬を朱に染めながら若干俯いている。
なんだか気まずい雰囲気になり、さてどうしたものか…と思っていたところ、彼女が俺より先に口を開いた。
「あ、あのね、もしよろしければ、先日助けてくれたお礼も兼ねて、その…。食べてくれませんか?」
そう言いながら少し震える手で再度パスタの巻かれたフォークを手に取り、俺の顔の近くまで持ってくる。少し上目遣いで懇願するような表情がまた、とんでもなくかわいい。
「お礼って…」
「うん…。この前、危ないところを助けてもらったから、そのお礼も兼ねて…。こんなことだけじゃお礼にならないなんて分かってるんだけど…」
「で、でもあれは俺たちのミスだっただけで…」
「た、食べてくれないの…?」
天王寺さんは少し泣きそうな目で、懇願するようにこちらを見る。これ以上待たせてしまっては、周りの注目を集めて彼女が恥をかいてしまうだろう。覚悟を決めて俺はパスタが巻かれたフォークに食いついた。
勢い良くフォークに飛び込んだ結果、ソースが少し弾けて自分の左頬についたのが分かった。そしてそれがどうでも良く感じるくらい、パスタが美味しい。
たぶん元々美味しいのだろうが、それ以上に目の前のブロンド美少女に食べさせてもらったという事実が大きなスパイスになったのだろう、今まで食べたパスタの中で一番美味しかったと思う。と、その時。
「あ、葉太郎くん、頬にソースついてるよ?ちょっと動かないで。…はい、取れた!」
「あ、ごめんありがとう…」
「全然!…うん、おいしい!」
信じられない光景だった。俺の頬についたクリームソースを、天王寺さんは右手の人差し指で拭うように取ると、そのまま自分の口に入れたのだ。
たぶん無意識での行動だったのだろう。俺も一瞬、何事もなく彼女の行為を受け入れてしまった。
そして俺が彼女の行為に気づいた時には、彼女も同じように今、自分が何をしたかに気づいてしまったらしく、顔を真っ赤にしてその場で顔を覆う。
「ご、ごめん葉太郎くん…。私は一体今何を…」
「ぜ、全然!むしろその…、ふき取ってくれてありがとう…」
「穴があったら入りたい…」
彼女の顔は耳まで真っ赤に染まっていた。水の入ったコップに映った俺の顔も真っ赤だ。周りから見たらさぞ不思議な光景だろう。一番端っこのカップルシートで、男女が共に赤く染まった顔を覆っているのだから。
「ゆ、許してくれる…?」
しばらくして、顔を覆っていた彼女は指の間から俺のほうを見て、おずおずと尋ねる。こんな小さな素振りだけでもう可愛い。優勝です。
俺はただただ無言で何度もうなずくと、彼女は恥ずかしそうに笑いながら覆っていた両手を外し、恥ずかしいのをごまかすように水に口を付けると、サラダを少しずつフォークで取りながら口に運んでいった。
正直イタリアンカフェでその後俺たちが何を話したのか、よく覚えていない。食後に俺のアイスコーヒーと彼女のアイスティーがやってきたが、俺はアイスコーヒーの味もよく覚えていない。"あーん"までされて、その後ぬぐい取ったソースも食べられたんだから当然だ。
デザートにチーズケーキを頼んだが、甘かった記憶以外、こちらも細かい味の記憶がない。彼女も頼んだモンブランを口にしていたが、俺と同じで味の記憶はあまりないのではないか。
俺たちは秋葉原の片隅にあるイタリアンカフェの端っこにあるカップルシートで、デザートより甘いことをやってしまった。
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