第37話 70年前の家系図

 「えーっと、24代の城輔じょうすけ、23代の城之介じょうのすけ、22代城一…」


 天王寺家の家系図を開き、筆で書かれた文字を香月が一つずつ、指でなぞるように読み上げていく。


 正直俺からしたら、ミミズたちがフォークダンスを踊っているようにしか思えない字。香月には違う世界が見えているのだろう。


 「城之介、城之介…。聞いたことある、私のおじいちゃんの、おじいちゃんだ」

 「つまり桜の高祖父ね」

 「コーソフ?」

 「蔵之介あんたこのくらい知っておきなさい、祖父の父が曽祖父、曽祖父の父が高祖父」

 「あー、そーゆーことね、完全に理解した」

 「絶対あんた分かってないでしょ…」


 香月がはぁ…と、深く溜め息をつく。蔵之介がよく分かっていなさそうなのは俺にも分かった。


 「ということは24代城輔さんは桜の曽祖父ね」

 「ひいおじいちゃんのことだよね?確か…、私のパパが生まれる頃に亡くなったはず…」

 「たぶんこの家系図、今から最低70年以上前につくられたやつよ。載ってる名前が城輔さんで止まってる。桜のおじいちゃんの名前がないもの。…紙はもっと前のやつだわ。それこそ江戸時代くらい、もしかしたらそれより前…。編纂したのはもっと前で、あとから書き足したのかもしれないわね」


 なんで紙だけ見てその時代が分かるの?なんでも鑑定団?いい仕事し過ぎじゃない?


 時代まで予想している香月を見て、天王寺さんも驚いていた。驚くよね。大丈夫、俺たちも驚いてるから。


 香月が本のページをめくると、更に家系図は続いていた。天王寺家が戦国武将とは父親から聞いてはいたが、これだけ厚みのある本を見せられると天王寺家の歴史の深さを改めて感じる。


 「…17代の宗城むねしろ、天王寺宗城のことね。凄いわこれ」

 「あの、香月さんや、何が凄いのかこのポンコツに教えてくださらんか」

 「ヨウ、あなた服部先生の日本史の授業ちゃんと聞いてなかったの?天王寺宗城といえば、江戸時代中期の名君で有名よ…。桜は天王寺家の27代目にあたるから…ちょうど10代前のご先祖様ね」

 「へー…」


 へー、だって。天王寺さんもイマイチピンと来てないみたいだけど。蔵之介なんか分かってなくてあくびしてるよ。


 俺もイマイチ分かってないのだが、天王寺さんの10代前が優秀なお殿様だったことはなんとなく分かった。


 「15代、14代、13代…あった、10代!」

 「真剣10代しゃべり場?」

 「何バカなこと言ってるのよ。10代、天王寺市之城てんのうじいちのじょう!織田信長様の部下じゃないの!」

 「信長?あの?」

 「そうよヨウ、あんたが"尾田信長"って書いたあの信長様よ」


 この前もそのネタで俺のことイジってきたけどさ、もうそろそろそのネタをこすって、天王寺さんの前でイジらないでくれない?


 天王寺さんは一瞬プっと噴き出したのを俺は見逃さなかった。なあ香月、天王寺さんに笑われたんだけど。


 「はぁー…。つい夢中になっちゃった。こんな歴史的資料がまさかこの家の屋根裏にあったなんて」

 「香月がそこまで言う歴史的資料がこんなところに乱雑に置かれてるなんて、一体どうなってんだこの家。先祖の顔が見てみたいな」


 俺が思わず本音を口にすると、天王寺さんも蔵之介も笑っていた。そうだ、よく考えたらこんなずさんな管理をしていたのは自分の先祖だ。頭痛がする。


 「もっとまともに管理すればいいのにねぇ…。ん?」

 「どうした香月」

 「あ、ヨウ。…ここ見て。桜も」


 香月から呼びかけられた俺たち3人が古い家系図の本を覗き込む。俺たちが影を作ったことで本は読みにくいが、香月が指をさしたところには相変わらずミミズがフォークダンスを踊っている。


 「ここ見てって言われても俺たちは読めないんだが」

 「あ、そうだった。あのね、10代天王寺市之城の隣にね、"桜姫さくらひめ"って書かれてるんだ。この"桜姫"の隣に"隠岐葉吉おきようきち"って書いてあるんだけど…」


 相変わらず彼女が指をさしたところには、そう言われてもミミズがワルツを踊っているようにしか見えない走り書きのような字が書いてあるのだが、確かに、言われて見ると"桜"と書いてあるようにも見えなくはない。


 その隣には細い、長さ2cmほどの横線が書かれ、また踊っているような文字が書いてある。どうやらこれが隠岐葉吉と読むらしい。まったく分からん。


 「で、この葉吉さんがどうしたって?」

 「…まだ分からないの?隠岐なんて珍しい苗字、そういるもんじゃないわ。この人、ヨウの祖先の人かもよ?」

 「へー。へ?俺の先祖?」

 「そう。先祖。しかも隣の桜姫と線で結ばれてるってことは、この2人は婚姻関係…」

 「こ、婚姻!?私と葉太郎くんが!?」


 突然天王寺さんがビックリして大きな声を出してしまい、その声が天井裏に反響して周りの木が震える。


 「さ、桜、ビックリするからもう少し静かな声でお願い…。あと桜とヨウがじゃなくて、この葉吉さんがヨウの祖先であれば、ヨウの祖先と、桜の祖先が昔結婚してたかもしれないって話よ」

 「はへー。そんなこと親父に聞いたこともなかったよなあ」

 「蔵之介、パパもこの事実は知らなかったのかも。そもそもまだ葉吉さんがヨウの祖先なのかも分からないけどね」

 「いやいや、この家に残ってる家系図なんだぜ?そこに出てくる隠岐なんて、葉太郎の祖先に決まってんだろ」

 「まあ…そうよねえ、普通に考えて。そもそもなんで桜の家の家系図がこの屋敷にあるのかしら…。パパが帰ってきたら聞いてみよっか?まずはここ、ちゃっちゃと片付けてさ」


 香月の提案を俺たちは受け入れ、一旦家系図の書かれた古い本を脇に置いて、俺たちは再度作業を進めていった。




 「…いかにも。隠岐葉吉は隠岐家のむかーしむかしのご先祖様だ。直接の祖先ではないがな。天王寺家家系図か。どこに行ったのかと思ったら天井裏にあったのか」


 葉吉さんのこと知ってんじゃねぇかこの親父。なにがいかにもだ。大事なことなんだから先に言えそういうのは。あと人ん家の家系図を天井裏に放置して忘れるんじゃない。


 この日の夜。片付けを終えた俺たちは、全員帰宅してリビングで食卓を囲んでいる時に今日の"戦利品"を父親に見せる。


 俺の隣に座り、今夜のメニューであるカレーを口に運びかけた父親は一旦スプーンを置き、古本をパラパラとめくっていった。


 「俺の先祖がこのページに載っている葉吉って人なのか?」

 「そうだ。私たちの20代ほど前に当たる。大変優秀な忍だったと伝わっているな。葉隠よ、見習え」

 「見習えって言われても、400年ちょっと前のご先祖様だしなぁ」


 さすがに昔過ぎてピンとこないのが正直なところだ。俺の2つ隣では姉貴がすでにビールの缶を4つ開けている。早くも顔は赤くなり始め、隣に座っていた蔵之介をイジり始めていた。


 なあ親父、見習うのは俺じゃなくて、この酔っ払いのほうなんじゃないか?400年後の子孫がこんな酔っ払いじゃご先祖様泣くぞ。


 そんな中、俺の正面で天王寺さんと隣り同士に座っていた香月が不思議そうな表情で口を開く。


 「パパ、よく分からないんだけど、この葉吉さんがヨウのご先祖様だとして、家系図通りなら戦国武将の天王寺家のお姫様と結婚?してるんだけど、これってどういうこと…?」

 「どういうことも何も朧よ、家系図通りだ」

 「つまり結婚した…、ってことか?」

 「…これ以上は私の口からは言えん。当主に聞け」

 「投手交代!ピッチャーあたし!はい!今からスライダー投げまーす!」

 「当主…。ってことはババアか…?」


 酔っ払いの声を無視した俺が父親に尋ねると、父親は深く頷いた。


 「ババアではない、当主だ。当時の出来事について私からとやかく言えることはない。当主である母上様は当時何があったかを知っている。直接聞いてくるんだな」

 「直接って親父、ババアは滋賀の山奥にいるんだぞ?」

 「行けばいいじゃないか、たまには。孫の顔を見せてやれ。どうせ夏休みは任務しかやることがないだろ」

 「宿題もありますぅー」

 「ありますーってヨウ、あんたいつも宿題後回しでまったくやらないじゃないの」

 「香月さんちょっと黙っててくれない?」


 俺たちのやり取りを聞いた蔵之介がゲラゲラと笑い始める。おい蔵之介、お前去年の夏休みの宿題終わったの12月だっただろ。そんなヤツに笑われたくないんだよ。

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