第36話 屋根裏の冒険
「なあなあ香月ぃ、そろそろ許してくれよぉ」
「知らないわよあんたみたいな変態」
「ごめんってぇ…」
さっきから目の前ではずっとこのやり取りが続いていた。時計の針が15時を示す頃にリビングに休憩に来た俺たちだったが、香月の機嫌はまだ戻らない。
正確に言えば時間の経過と共に香月の機嫌は戻りかけていたものの、蔵之介のバカが「お前のスタイルが劣ってても今後はグラビアアイドルと比べたりしないからよぉ」なんて口を滑らせてしまい、香月は再度プンプン怒っていた。蔵之介、学習能力ってものがないのかお前には。
これで両親がいれば仲裁に入ってくれたかもしれないが、残念ながら2人とも任務で外に出ている。姉貴は影丸を連れて浮気調査と来た。土曜の昼間からお盛んな話である。
殺伐となりつつあった空気に我慢できなくなったか、天王寺さんが最後に残されていた天井裏の部屋の片づけを提案し、香月は嫌そうな顔をしながらも俺たちと共にリビングを出て再度2階の廊下へ向かった。
2階の廊下、俺の部屋の前の天井。よく見るとタテ1m、横50cmほどの範囲だけ、少しだけ木の板の色が薄くなっている部分がある。これが天井裏の部屋に繋がる扉だ。
「…ねぇ葉太郎くん、取っ手もないけど、どうやって天井裏に行くの?」
「ああ、これね。ちょっと待って」
俺は疑問を口にする天王寺さんを手で制すと、すぐ脇にある自分の部屋の入口の引き戸を引…かずにそのまま"押す"。
通常であれば引き戸は引くものだが、俺の部屋の引き戸の扉は"押せる"。天井裏から『ガチャンッ!』と大きな音がして、ギギギと音を立てると、天井の色の変わった部分の板の手前の部分がまるで口を開けるかのようにゆっくりと下がってくる。
30秒ほどすると、板は俺たちの目の前まで下がり、幅50cm、長さ1mの木の階段が出現した。このような形で隠し階段が出てくる家は、日本では俺の家を始め数軒なんだろうな。
天王寺さんは突然床が下がってきて目の前に階段が出現したことで大興奮していた。無理もない、初めて見た人はこんな反応にもなるだろう。
「Fantastic!マンガみたい!ね、ねえ葉太郎くん!私が最初に上がっていい!?」
「い、いいよ…」
興奮して目を輝かせる天王寺さんに思わず圧されてしまう。俺の許可をもらった天王寺さんは嬉しそうに階段に足をかけ、上り始めた。
今日の彼女は緑色のスカートを履いている。つまり階段を上がると…なんて思って俺の視線は一瞬上のほうへ向かおうとするが、近くにいた香月にキッ!と睨まれ、すぐに天井方向から視線を逸らす。いや、これは不可抗力でしょ。
「わぁ…。葉太郎くん、暗くて全然見えないよぉ」
「天井裏、窓ないからね。ちょっと待って…。確か…。ああ、ここだ」
俺は廊下の壁際のスイッチを押すと、天井裏に明かりがついた。周りが見えるようになった分、天王寺さんは何やら更に興奮している。
あまり一人でそのままにもしておけないから、香月、蔵之介、そして俺の順番で階段を上がり、天井裏の部屋に足を踏み入れた。
若干タテに広いこの天井裏の部屋は、面積自体は広めではあるものの、屋敷の屋根の形に合わせて作られているため人の通れるスペースなど限られている。
実際歩き回れるスペースは幅2m、奥行き10mくらい。背の高い蔵之介は少し屈まないといけない高さだから、圧迫感があってあまり広く感じられない。
昔はこの天井裏に電気などなかったらしい。部屋の端々にはろうそくを立てる用に設置された燭台が未だに置かれている。
脇には和風の木箱が所狭しと並び、その上に古びた紙が乱雑に置かれていた。湿気などで傷んだ紙はカビのようなものが生えてあるものすらあるが、本当に管理する気あるのかよ。
任務で不在の父親からはこの紙の整理と、天井裏の部屋の奥のほうに散乱した道具を片付けるよう命じられていた。ふと奥のほうを見ると、確かに木箱の上に色々な道具や巻物らしきものが散乱しており、どれを片付ければいいのか一目で分かる。
天王寺さんは目を輝かせながら周囲を見回していた。埃対策でマスクこそしていたが、たぶんマスクの中では興奮して口を開けていることであろうことが容易に想像できた。
「凄い!凄い凄い!」
「桜、そんなに興奮するもの?」
「するよ!だって天井裏の部屋だよ!ただでさえ秘密基地みたいな感じなのに、巻物みたいなものが落ちてるんだよ!マンガで見たような部屋なんだよ!」
そう叫ぶように言うと、天王寺さんは慎重に、それでいてウズウズするように奥のほうへ歩いていく。確か彼女は忍者のマンガが好きだったはずだ。似たようなシーンがそのマンガには出てくるのかもしれない。
後をついていくと、部屋の奥には道具や巻物だけでなく、大昔、それこそ江戸時代の本のようなものまで落ちている。なんだか貴重な本のような気がするが、管理体制はこれでいいのだろうか。
「わあ、これ
「てじょう…?」
足元に落ちていた鉄の輪っかのようなものを拾った香月が急に興奮し始める。こんな屋根裏の埃っぽい部屋で興奮できる女子2名って、それはそれでどうなんだろう。
鉄の輪っかがなんなのかよく分かっていない蔵之介が首をかしげていた。女性陣とのテンションの差がだいぶ大きくてなんだか面白い。
「そう、手鎖。つまり昔の手錠よ。江戸時代以前はこれが手錠の代わりだったの。それが明治になって鉄の棒を両足につけるようになって…」
「か、香月、昔の拷問のやり方についての説明はそれくらいで大丈夫だ」
「え、ヨウは興味ない?昔の手錠の使い方…」
興味がないと言ったらウソになるが、お前みたいに目を輝かせて聞きたいほど興味はないんだよ。17歳の女子高生が昔の拷問器具について目を
そもそもなんでそんな拷問用の手錠のようなものがこんな屋根裏部屋に落ちているのか謎だ。これって分類、燃えないゴミでいいの?
その後も探索の結果、まあ色々出てくる。小さい頃に遊びでこの部屋に入った時はまだ子どもだったから何があるのか理解していなかっただけで、屋根裏はちょっとした博物館のような状況だった。
昔の籠手に鎖帷子のようなものも出てきて、短刀まで出てきた時には忍者マンガ好きの天王寺さんが大層喜んだものだ。
「ねえ、これなんだろう」
部屋の整理を始めて15分ほど経った頃だろうか。屋根裏部屋の奥を物色していた天王寺さんが、マスク越しに声をあげこちらを振り向いた。
右手には何やら昔の本が握られている。薄緑色のシワのできた表紙には、筆でよく分からない漢字が並ぶ。
「桜、ちょっと貸して。読めるかも」
「え、香月ちゃんこんな難しい字読めるの!?」
「ちょっとだけね。任務で必要な時があるかもしれないから。そこのポンコツ忍者たちは、昔の文字どころか現代の文字もよく分かってないみたいだけど」
吐き捨てるように言う香月からは、先ほど回転扉奥の物置で俺たちが写真集を読んでいたことをまだ許していない気配が感じとれる。
「えーっと…。あれ?桜、これ表紙に"天王寺家"って書いてあるよ」
「ど、どーいうこと?」
「うん、間違いないよ、"天王寺家家系図"って書いてある」
「私のご先祖様の家系図…?」
女性陣の発見に、思わず俺と蔵之介も興味を惹かれて彼女たちの元へ集う。古びた本はだいぶ劣化していたが、筆で書かれていた字はかろうじて読めるくらいには残っていた。俺は読めないけど。
天王寺という名字の人間は他にもいるだろうが、天王寺さんは元々父方の祖先が戦国武将だと聞いている。そしてウチの父親と繋がりがあるというのだから、この家系図は十中八九、天王寺さんの祖先のものだろう。
当の天王寺さんは、祖先たちの名前が書いてある本に視線を落としながら、どうやら字が読めないようで首をかしげていた。
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