第17話 お料理下手な香月ちゃん
「ああもうホント、他人のフリしたいわ…」
4限目が終わった後やってきた学食で、香月は深い溜め息をつくと、頼んだパスタをフォークでクルクルと綺麗に巻いて口の中に入れていく。
右隣に座った天王寺さんは苦笑いしつつ、ハンバーグ定食のサラダを頬張っていった。
「何?良い国作ろう鎌倉幕府?バカじゃないのほんと…」
「だからな香月、あれは他に考え事していてだな」
「言い訳無用。こんなおバカさんと一緒に住んでるなんてバレたら、私の立場台無しよ」
「ごめんね香月ちゃん、直前まで私が葉太郎くんとメッセージのやり取りしていたせいで…」
「桜はなんにも悪くないよ、悪いのは桜と楽しくメッセージのやり取りをしていて、授業を聞いていなかったこのバカな男」
そう言うと香月は斜め前、天王寺さんの向かいに座る俺を一睨みし、再度パスタを巻き始める。
4192作ろう鎌倉幕府でクラスメイトたちに散々笑われた俺は、その後前の席に座る2人から授業中に天王寺さんとやり取りした落書きメッセージを見られてしまったのだ。
「自称クマのタヌキ…!フ、フフ、ハハハ!腹いてえ…!」と言いながら自分の机をバンバン叩く蔵之介の隣で、香月は普段の美貌がどこへやら、般若のような表情で落書きメッセージを見据えていた。
それから学食で昼食をとっている今現在まで、般若は表情こそ平静を装っていたものの、内心ずっと怒ったままだ。
「か、香月ちゃん、最初にクマを描いたのは私だから…」
「ううん桜、この偏差値32のポンコツ忍者は自分の置かれた立場を分かってないの。ヨウ、あなたこの前日本史のテスト何点だったんだっけ」
「65点」
「ウソおっしゃい!この35点のポンコツ忍者!」
「あ、あの香月さん、学校ではウチが忍者なのは秘密なのでもう少し静かな声でお願いしたいんですが…」
「あーら、私は知られてもいいのよ。忍者の末裔なのに"尾田信長"なんて字を間違えるポンコツ忍者がいるってね」
この前のテストでやらかしてしまったミスを天王寺さんにバラされ、とても恥ずかしい。穴があったら入りたくなる。天王寺さんは苦笑していたが内心俺のことを鼻で笑っているかもしれない。
周囲の生徒たちもおしゃべりに夢中で俺たちの会話が聞こえた様子はないが、35点のポンコツ忍者なんていうのが周りにバレたら俺は学校に行けなくなる。
「ほら蔵之介!あんたもさっきからケラケラ笑ってるけど、あんたこの前の古文のテストの点数30点だったの、私知ってるんだからね!」
「な、なぜそれを…」
「忍者の末裔のくせに古文のテストが30点…?はぁ…、戦国時代の世を生きたご先祖様たちになんて報告すれば…」
「か、香月、前回の古文のテストは平安時代の文章だったからセー…」
「アウト」
「すんません」
一切表情を変えずピシャリと話を切った香月が、再度呆れたような視線を俺たち2人に向けてきた。そして再度、小声で「このポンコツ忍者ども…」と言うと、また深く溜め息をつく。
散々な言われようだが、学業成績優秀、毎回学年ベスト5以内をキープしている香月に対しては一切反論はできない。
「あんたたち、ちょっとは桜を見習いなさいよ」
「へーい。でも本当に凄かったなあ、今日の天王寺さん。さっきも褒めたけどさ、日本史までちゃんと押さえてるんだもんな。ちなみに天王寺さんは料理はできるの?」
「そうねぇ…。葉太郎くんのできるのレベルがどのくらいかは分からないけれど、メイドさんたちに教えてもらったりしたから、自分でお弁当を作ったりくらいはできるかな」
「…成績も良くて料理もできる、これは香月を超えたな」
「な、りょ、料理なんてできなくても生きていけるし…」
「ねえ香月ちゃん、昨日料理下手だって言ってたけど、そんなにできないの?」
天王寺さんがふと疑問に思ったようで口を挟む。嫌味などは一切なく、純粋な疑問からそう問うているらしい。
香月はというと恥ずかしそうに、少しだけ顔を赤らめている。学業、運動共に何でもできるくせに、料理だけは本当にできないんだよなこの女。そんな姿が面白いのか、もくもくと牛丼を掻き込んでいた蔵之介が今度は香月をイジりだした。
「天王寺さん、おにぎりって作れる?」
「そ、そりゃ作れるけど…」
「香月はね、おにぎりが作れない」
「おにぎりも??」
天王寺さんのあまりの驚きように、香月は耳まで真っ赤になった。驚きのあまり声も大きくなったことで、周りにいた生徒も驚いて天王寺さんに視線が集まる。それにより天王寺さんの耳も赤くなりだした。
「で、でもさ、おにぎりってごはんを炊いてさ、掬ってさ…」
「この女は力加減が分からないから、そのままおにぎりを握り潰して粉砕する」
「ヨ、ヨウのバカ!余計な情報を桜に渡すな!」
これがあの忍者屋敷であれば香月は近くのグラスをそのまま投げてくるだろうが、ここは学食だ。香月は学校で猫を被って何でもできる優等生で通ってるから、こんなところで男子生徒に自分のグラスを投げつけることはできない。
グラスを手には持ったものの、その手元はプルプル震えている。投げたくても投げられない、自制心というストッパーが働いているらしい。
「でもよぉ香月ぃ、来週、ひょうりじっふゅうだろぉ?」
「蔵之介、あんたは食べ終わってからしゃべりなさい」
「わりぃ。…で、香月、来週調理実習だったろ」
「嫌なこと思い出させないでよ…。忘れようとしてるんだから」
「でも蔵之介くん、調理実習って班のみんなとやるんじゃないの…?」
「それがさ、今回は確かに班ごとのテーブルなんだけど、一人一品、自力で考えて作らないといけないんだと。それを先生が食べて成績をつけていくらしくてさ。だから香月も自力で何か作んないといけないわけよ」
「そ。だから来週香月のゲテモノ料理がクラスメイト、そして学校中に知られるわけ」
「ゲ、ゲテモノって何よ!ヨウ、あんたにゲテモノなんて言われたくないわ!」
「残念香月ちゃん、俺は最低限のものは作れますぅー」
「くぅっ…」
心底悔しがっているのだろう、香月は持っているグラスに力を入れているらしく、入っていたお茶が大きく波打ち始めた。おいグラス割れるぞやめろ、おにぎりみたいに粉砕するんじゃない。
天王寺さんはそんな香月が不憫に思えたのか、香月の背中を優しくさすり始めた。こういうところが優しいよなぁ。
「薬草の調合だったら自信あるのに…!」
「それはもう化学じゃないのか?別にいいじゃねえかよ、その他はなんでもできるんだからよ」
「料理なんかでヨウに遅れを取るのが悔しいの!」
「か、香月ちゃん、なら来週の調理実習まで私と料理の特訓しない?」
「天王寺さん、無駄だよ。コイツ、これまで母さんと料理の特訓何度もしてるんだよ。その度にできるのは劇物だから。絶望的に料理オンチなの」
「ヨウ…!あんたさっきから好き勝手言って…!」
香月の顔は怒りの色に染まるが、残念ながら事実のため何も言い返せない。これまで母の桔梗と何度も料理の特訓をしているが、その度に失敗してキッチンからは異臭が漂い、鼻の利く影丸が失神しそうな顔を浮かべていた。
「私だって料理上手くなりたいわよ…。でもなんでか失敗するのよねぇ。蔵之介は上手いのに、なんで私は…」
「まあゴリラが料理できるなんて聞いたことないしそんなもんじゃない?」
「フフ、ヨウ、面白いジョークをありがとう?…あとで家に帰ったら新しく開発した関節技の実験台になってね」
俺のほうを見てにこやかな笑みを浮かべた香月だが、目はまったく笑っていない。これはマジなやつだ。道場に戻ったら腕が取られるやつだ。
隣の蔵之介がそこまで言わなくてもいいのにと言わんばかりに溜め息をつくと、他に注文していたカレーを掻き込み始めた。
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