第11話 She has a Dream

 1位パティシエ

 2位保育士

 3位教師


 私、天王寺桜の生まれた年に、調査機関が行った小学生の将来の夢ランキングのベスト3らしい。いずれも簡単になれるような職業ではないが、小学生の夢なんだからかわいいものだ。


 幼稚園児に将来の夢を聞いたら"お嫁さん"なんていう子どももいるだろうけれど、小学生ともなると将来の夢は少しずつ現実的なものになっていく。


 かくいう私も小学1年生の頃の将来の夢はパティシエだった覚えがある。家が雇っていたメイドさんたちと、服にクリームを付けながらケーキを作ったのは今でもいい思い出。あの頃は本当に将来パティシエになれる気がしていた。


 あれから10年と数カ月。高校2年生を迎えた私は、自分の将来を諦めていた。いや、諦めたっていうのはちょっと違う。


 私の家は新聞にもしょっちゅうその名前が載る大企業。先祖を辿ると戦国武将に続く血筋で、そこの一人娘として生まれてきた私は毎日習い事、そして勉強に明け暮れていた。


 将来は家を継ぐことが決まっている。受け継ぐであろう莫大な資産、広々とした土地。景気が良くないこのご時世、これだけ恵まれた環境に対して文句を言っていたら同年代にビンタされちゃうかもしれないな。


 でも、文句の一つも言いたくなる。習い事のバイオリンにピアノ。もちろん淑女の嗜みだし嫌いではない。でも私にはその2つとは比較にならないほどのめり込んでいるものがある。それがイラストだった。


 小学3年生を過ぎた頃だと思う。描いた絵が通っていた日本人学校で賞をもらった。褒められて調子に乗ったのか、私の夢はその時点でパティシエから絵を描く人に変わった。


 ちょうどすぐ後くらいにメイドさんたちが休憩時間に読んでいた日本のマンガを貸してもらう機会があって、こちらにも一気にハマってしまった。


 結果、私の夢はここ7年ほどマンガ家かイラストレーター。絵を描く仕事がしたい。内心ずっとそのプランを温め続けていた。


 そのためには私の父親のルーツである日本で勉強がしたい。日本のマンガは世界一。小学4年生からメイドさんたちに借り、こっそり読み続けている大好きな忍者のマンガが生まれた国。


 自分でマンガを買ったりして本棚に置いておけば、厳格なお父さんにすぐ問い詰められるだろう。実際私の部屋の机に置いてあった、メイドさんたちから借りたマンガが父親に見つかった際は怒られた。


 「こんなものを読むなら勉強しなさい」


 耳にタコができるくらい聞いた。反抗したい気持ちはあったけれど、同時に天王寺家の一人娘として掛かる期待の大きさも感じていた。


 私がしっかりしなければ天王寺家は続かない。そんな思いから嗜好にフタをしつつ繰り返す毎日に、正直私は飽きていたところがある。


 そんな時だ、父が業務拡大のため、拠点を今住んでいるロンドンからフランスのパリに移すと言い出したのは。


 ロンドンはお母さんの生まれた場所。お母さんは反対だった。毎日のように続く両親の口論。結果お母さんが折れてパリに移住することは決まったものの、移住先のパリで両親がまた口論を始めるのは容易に想像できる。


 ただでさえ自分のやりたいことができないのに、定期的に両親のそんな光景を見せられたらもう頭がおかしくなるだろう。4月末、自分の誕生日に私は生まれて初めて、お父さんに反抗した。


 3日3晩ほど口論した気がする。生まれて初めてあんなに反抗した。自分でもこんなに反抗できるとは思わなかった。私の熱意に押されたのか、途中からはお母さんが加勢してくれて一緒に説得してくれたことにより、最後はお父さんが条件付きで折れてくれた。


 出された条件は2つ。"お父さんが用意した護衛と暮らすこと"、そして"日本へ戻る期間は5月~11月の半年間"。この2つは頑として譲ってもらえなかったけれど、とにかく環境を変え、天王寺家を抜け出したかった私は条件を飲んだ。


 最初は護衛と暮らすなんて結局今の家と同じじゃんと思って嫌だったんだけれど、ロンドンから日本に発つ当日、お父さんからもたらされた情報により私の考えは一気に変わった。


 護衛はお父さんのお友達の息子さんであるオキヨウタロウくん、お友達の家で暮らしているサイキクラノスケくん、そしてタツミヤカツキさんの3人で、全員同級生、忍者なのだという。


 しかも私の滞在先となるその家はなんと、建てられて100年近く経つ、色々なカラクリが仕掛けられた、まるで忍者屋敷のような建物らしい。


 ロンドン・ヒースロー空港から東京の羽田空港まで移動する飛行機の機内で、私はどんな家か、どんな子たちなのか頭の中で想像し続けた。


 きっと私の大好きな忍者マンガに出てくるような素敵な家なんだろうな、大好きな忍者マンガに出てくるカッコいい忍者の皆さんなんだろうな…。


 物心つく前に一度だけ行ったことのある日本に色々な想像を膨らませているところで、飛行機は羽田空港に到着した。


 なぜかこれから担任となるらしい服部先生という男の先生が迎えに来ていたのはよく分からなかったけれど、なにせ物心ついて初めての日本。迎えの人がいるだけでありがたい。


 そこから始まった私の日本滞在初日はもう、正直想像以上の一日と言っていい。


 大きな体格でいかにも優しい雰囲気が伝わってくる蔵之介くん、大和撫子という表現がぴったりな可憐な容姿、でも俊敏に体を動かしていた香月ちゃん、そして隣の席になった葉太郎くん…。


 背は180cmに届かないくらいだと思うが、無駄肉のないスラっとしたスタイル、でも彼の体中についた筋肉は制服を着ていてもその上から分かるほど。はっきりした目鼻立ちを包むシャープな輪郭に、軽くワックスで整えられた黒髪…。


 私の隣の席の男の子は、私がイギリスでメイドさんたちに貸してもらって、こっそり愛読していた忍者マンガ"YAMATO"の主人公・ヤマトに似た男の子だった。


 え、今日からこの人に護衛してもらえるの?私は一気にYAMATOの世界に入り込んだような気持ちになる。


 初対面だからか、少し恥ずかしそうにしている姿もなんだか可愛らしかった。お夕飯の途中にじっくり見つめられたような気がして、思わず顔をそらしてしまったりもする。


 この3人の住んでいた忍者屋敷には驚かされっぱなしだった。まるで私を歓迎してくれるように開いた回転扉に、天井に繋がる隠し扉、そしてお風呂場に繋がる廊下に鎮座する落とし穴。


 全てが新鮮で、私は滞在からわずか数時間ですでにこのお屋敷の虜になっている。


 お風呂も広かったしね。石畳で作られた露天風呂なんかもあって本当にオシャレ。周りを柵で囲まれてる分気兼ねなく浸かれたし、香月ちゃんとは色々話をして仲も深められた。


 私の想像していた忍者と今の忍者はだいぶ仕事の内容も違うようだけれど、お夕飯の時、そしてお風呂で香月ちゃんから聞いた護衛の話は面白くて、いくら聞いても飽きない。…浮気調査の話も結構面白かったな。


 激動の一日を終えた私は、布団に座って足を伸ばしながら、隣の葉太郎くんの部屋との間を仕切る木壁に背中を預ける。


 今日一日、本当に楽しかった。みんないい人ばかり。これから続く楽しい日々を予感させるには十分の一日を振り返りながら、力を抜いて木壁に体を任せた次の瞬間…。


 背中を預けていた木壁はゆっくり回転し、私は隣の部屋の畳に背中から倒れ込んで、思わず後頭部を打ってしまった。後頭部に受けた衝撃と、急に自分の背中を支えた木壁が回転した衝撃を両方受けたことで、私の脳みそは現実に追いついていない。


 倒れ込んだ私がふと上のほうを見上げると、そこには口をポカンと開けた葉太郎くんが固まっていた。空きっぱなしの回転扉が小さく音を立てながら揺れている。


 え、こんなところに回転扉なんて存在したの?

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