第4話 中高生はマンガに影響されやすい
「あー、天王寺はお父さんの都合の関係で今日、日本に来たらしい。お前たち、仲良くするようにー」
「はーい!!」
クラスメイトたちが手を挙げ、まるで小学生のような声を上げる。そんな俺たちの様子を見て、天王寺さんは再び天使のように微笑んだ。周りを見渡すと、すでに男どもは顔を赤らめている。
これまで香月を見るだけで顔を赤らめていたのに天王寺さんまで来たら、お前ら常時顔真っ赤になって飲酒疑惑かけられるぞ。ただかく言う俺も、顔が赤くなっていないか心配になった。鏡でも持ってくれば良かった。
俺はまだ天王寺さんの人となりを知らないが、これだけの美人相手に顔が赤くならない男がいるとしたら、そいつの両親はロボットだろう。
いや、いる。顔が赤くなっていない男。服部先生はさっきからまるで表情も変えていない。この男は特殊な訓練を受けているか両親がロボットなんだろう。
そもそも前の席に座っている蔵之介がデカ過ぎて、天王寺さんがよく見えない。同じものを食べて育ったはずなのにここまで肥大化した幼馴染みを恨む。
そんな俺の心の声が届いたのかは分からないが、前の席に座っていた蔵之介の背中が少しだけ左手側にズレる。これにより俺の前の障害物がなくなり、教室の一番前、教壇の隣に立つ天王寺さんと一瞬目があった。
その瞬間、天王寺さんがこちらを見て微笑んだ。気がした。気のせいでも嬉しかった。
「そんじゃ改めて、天王寺、自己紹介ー」
「はい、改めて天王寺桜です。イギリスのロンドンからやってきました。父は日本人ですが、母はイギリス人です。向こうでは日本人学校に通っていて、今回約15年振りの日本です。物心ついてからは初めての日本でちょっと緊張していますが、皆さんと仲良くできたら嬉しいです、よろしくお願いします」
天王寺さんはそう言うと、両手を膝の上で重ねて丁寧に、深々と頭を下げた。艶のあるブロンドの髪が同時に下がっていく。クラスメイトたちはまた歓声をあげる、お前ら天王寺さんの一挙一頭足に喜び過ぎだろ。
しかしイギリス人とのハーフ?戦国武将の末裔でお母さんがイギリス人?情報量が多過ぎてzipファイルにしなければ送信できない。
「て、天王寺さん!ご趣味はなんですか!」
前のほうの席に座っているクラスメイトの松永が、突然手を挙げて尋ねた。松永、お前テンパり過ぎだよ。顔が真っ赤なのがこちらからも見える。よくこいつこんな状態で質問したな。
「趣味ですか?そうですねぇ…バイオリンとピアノを少々嗜んでいます。…あとイラストを少々。。」
「バ、バイオリンですか!ぼ、僕もやって…やってないんで今日からやります!」
「あら、いつかご一緒できると嬉しいですね!」
そう言って天王寺さんに微笑みを返された松永が、まるで魂が抜けたような顔でその場で力尽きた。松永お前今日も野球部の活動があるだろ。お前の甲子園の夢はどこへ行ったんだ。
「まあ天王寺の趣味嗜好はおいおいお前らも分かってくるだろ。もう1限も始まるからな、そんなのは空き時間にでも聞いておけ。天王寺、席はあの一番後ろの空いてるところだ。あそこに気の抜けたような顔してる男がいるだろ。隠岐っていうんだけど、あいつの隣」
服部先生はそう言って、俺の隣の空いている席を指さす。何が気の抜けたような顔だ。顔立ちは父親に似てるって言われるんだから、文句なら父親に言ってくれ。
先生が指さすと同時に、クラスメイトの男どもが嫉妬丸出しの表情でこっちをにらんでくる。「なんでお前の隣に」、「今すぐ変われ」、「もうお前は帰れ」とまで言っていそうな表情だ。隣の席が空いているのは偶然だ、文句ならこの配置にした学校に言ってくれ。
ふと天王寺さんを見ると、指さされた俺のほうを何やら不思議そうな表情で見ている。そして…
「あなたが隠岐葉太郎くん!?」
彼女は突然声を上げると、こちらに向けて笑顔で手を振り始めた。予想外の彼女の行動に、蔵之介、香月も含めたクラスメイトの視線が俺に一斉に集まる。
蔵之介以外の男どもの視線が「なぜお前が天王寺さんと知り合いなんだ」という殺意の籠ったものに変わる。違う、俺は初対面だ。信じてくれ。
呆然とするクラスメイトの間をかきわけるように、笑顔の天王寺さんは軽やかな足取りで教室後方に移動すると、「隠岐くん、いえ葉太郎くん、よろしくお願いします!」とまるで天使のように微笑み、俺の隣の席に座った。
めちゃくちゃいい匂いがする。嗅いだことはないが、ヨーロッパの香水はこういう匂いなのかもしれない。以前香月の部屋に置いてあった黄色の液体の匂いを嗅いで失神しかけたが、あの時嗅覚機能が失われなくて本当に良かった。
俺はまだ事情聴取をされたことはないが、たぶん事情聴取とはこんなものなのだろう。
転校生のブロンドの美少女に突然名前を呼ばれた男をクラスメイトたちが見逃すはずもなく、朝のホームルームが終了すると俺たちの席の周りには人だかりができる。
「なあ葉太郎…吐いて楽になっちまえよ…」
「すでにネタは上がってんだよ!」
「田舎のお袋さん…泣いてるぜ…?」
警察ドラマの見過ぎなんだよな、お前たちは。1限が迫ってきたこと、自分の席の周りも取り囲まれていることが億劫だったのか、斜め前の席、つまり天王寺さんの前の席に座っていた香月が「葉太郎くんはクラスの中でも変わっ…個性的だから、天王寺さんは服部先生から事前に聞いていたんだもんね!ほら、みんな1限始まるよ!」と笑顔で、半ば強引にクラスメイトたちを散らして一旦その場は収まる。
天王寺さんは何のことやらみたいな表情を浮かべていたが、現状これしかないだろう。間違いなく途中、俺のことを「変わっていた」と言いかけていた香月に腹が立ったが、人だかりを散らしたのはこの女のおかげでもあるから強くも言えない。
「…香月、お前の俺に対する認識を改めて聞かせてくれ」
「あらヨウ、自分が普通だと思って?」
「てめぇ…。おい蔵之介、お前も笑ってないでなんか言えよ」
「…香月さんに、蔵之介くん?あなたたちが香月さんと蔵之介くん?」
天王寺さんが小声で口を開いたのはそんな時だった。こちらを振り向いた香月は自分の名前も知られていたことに驚いた表情を浮かべている。隣に座る蔵之介も同じく振り返り、その表情には驚きの色がにじんでいた。
「え…?私、自己紹介したっけ?」
「ううん!パパ…いや、父から話は聞いてます、ヨウタロウくん、カツキさん、あとクラノスケくんの3人の忍者が私の護衛を担当してくれるって…。ごめんね、私のワガママで…」
「え、私たちが忍者で、あなたの護衛だって知ってたの?この時代に忍者がいるって言われて変だと思わなかったの?」
香月がもっともな疑問を述べる。もちろん小声だから、周りに香月の声は聞こえていない。
「え、香月ちゃん、私日本に来るのも15年ぶりくらいだからよく分かってないんだけど、日本では忍者さんって普通に仕事としてあるんじゃないの?」
「うーん…、10年前も20年前もそんな大っぴらにはなってないかな…」
「ごめんね、私が読んでるマンガでは忍者がよく出てたから、日本じゃまだベーシックな仕事なのかと思ってた…」
彼女のまさかの告白に、香月も蔵之介も苦笑いを浮かべる。このお嬢様は思ったより天然なのかもしれない。こんなにマンガに影響される子を俺は初めて見た。
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