第31話 クロノスタシスって知ってる?

 「おい、ツアレ。お前俺の世界に遊びに行きたいか。」

 家族とバカバカしい噛み合わない話をして、俺は世界征服はあくまで遊びと割り切ることにした。

 「行きたい!行きたい!」

 無邪気にはしゃぐツアレを見て、エマちゃんが顔を曇らせた。

 「そんなことしたらツアレちゃんが化外になっちゃうじゃんか。」

 「それは懸案としてあるんだよな。だけど、俺もソジュンも何往復もしてるけど、何ともないだろ。」

 「そうは言ってもさ、お前結構老けてるよ。こっちにい過ぎなんじゃないの?まあ魔改造儀式やったからこれ以上老け無いけどね。」

 「そこは万事快調ってわけにはいかないみたいだな、確かに。でも俺もソジュンも肉体がスタンドみたいなもんだから問題なくワームホールを通過できるのかもな。」

 「とにかくわらわは反対だ。」

 エマちゃんがヘソを曲げてしまった。

 「嫌だ!行きたい!行きたい!」

 一方、ツアレが駄々をこねだした。母と娘の喧嘩は見たことなかったから新鮮だった。

 「あんたの身体を案じて行ってるの!」

 「嫌だ嫌だ!退屈すぎて死ぬ!戦争したい!戦争したい!」

 

 しばらくの間女の争いが続いたが、急にツアレがポーカーフェイスになった。口調も変わった。まるで別人だ。

 「小生、今まで数多の化外を研究してまいりましたが、化外の脳みそがイカれたベイビーになってしまうのは急激な時間の流れの変化によるものです。極端な時間酔いに耐えられなかった結果だと思われます。その証拠としてこちら側で魔改造しそちら側に送り出した個体は支障なく動作していると聞いております。これは私が脳みそを含めあらゆる属性耐性を付与しているからと結論付けられます。」

 「ただし、一度脳死状態になったものを改造しているだけですから、現に生きている我々に耐性を後付けでつけたからといって無事でいられるとは限らないのであります。じゃあ不可能じゃないか、と思われますが、方法が一つ思い浮かびました。」

 

 なんだか学会発表みたいなツアレの1人演説が続く。

 「それは『時間を止めること』です。じゃあ時間とは何なのか、という哲学的問いで行き詰まってしまいますが、時間と空間は相互に干渉し得る関係なのでございます。空間を極限まで捻じ曲げれば、時間を止めることが可能になるのであります。」

 「ちょっとちょっと、空間捻じ曲げたからツアレちゃんの身体がねじ切れちゃうじゃん。」

 「お母様、心配ご無用でございます。空間を捻じ曲げるとは比喩的表現でして、実際は分子の動きを止めることで時間が止まります。つまり絶対零度です。化外実験でワームホールの肉体への影響は皆無でしたので、私の脳を一時的に絶対零度状態にするだけでOK牧場なわけでございます。」

 「それともう一つ、時間の同期が不可欠でございます。時間の流れ、時流とでも定義しましょうか。双方の世界の時流が一致する瞬間を狙う必要があります。そしてこの複雑な工程を実行できるのは私の術式とお父様と婿殿の共同作業が揃ってこそなのでございます。成功率は99.999%です。」


 「あ、うん。何言ってるか半分以上分からないが、そこまで言うなら許可しよう。」


 ツアレの顔が能面づらから明るい笑顔に変わった。

 「ママ、ありがとう!実はもうすぐソジュンとの子供が生まれるんだ。生まれたらママに預けるから、私だとおもって育ててね。」

 「そうか。それなら安心だ。」

 えっ、それで安心なの?娘が死ぬかもしれないんだよ?やはり魔族の価値観は理解できん。ツアレを俺の世界に軽く誘ったのは俺だが、軽く引いた。

 

 数日後、ツアレは出産した。生みの苦しみなんか無いようで、気がついたら小さなツアレが増えていた。泣きもせずポーカーフェイスだ。

 「ツアレちゃんにそっくりでちゅね〜。パパとママはしばらく外出するから、ばあばとくらしまちょうね〜。」

 図らずも俺は祖父になってしまった。名付けの儀は・・後回しのようだ。


 ワームホールの内側に俺が、外側にソジュンが待機した。午前0時ジャスト双方の世界の時間が同期する瞬間、時計の針が止まっている瞬間に俺がバニシングで押し出し、ソジュンがパニシングで引き出す。少しのズレもあってはならない。昔、竹下の報告で現世界と異世界で微妙な時間のズレがあると報告があった。24時間がコンマ何秒かズレている。大変運が良いことに異世界時間で出産から一カ月後にピッタリ同期する時間があった。そしてその時が来た。

 ツアレはすでに自分で魔法をかけ、脳を絶対零度にしている。そして、時計の針は0時を指した。時計の針が止まって見えた。

 「バ『パ』ニシング」

 タイミングはバッチリだ。俺はワームホールから顔を出した。ソジュンとツアレが倒れ込んでいた。俺が穴から這い出した瞬間、ツアレの術が解けたのか、頭を抱えながら起き上がった。

 「大丈夫か?」

 「ええ、平気。全然大丈夫だよ。」

 「良かったよ!」

 3人で喜びあった。

 ふと、一つの疑問が湧いた。俺が前に薬学生をワームホールに入れた時、こんな複雑な手順を踏まなくても異世界で意識を取り戻した。あれはなんだったんだ?

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