第32話 0時の街

 午前0時世界は僕らだけを残した。少し肌寒い、透き通った街並みをツアレははしゃぎながら歩いた。まさか魔王の格好をしてくるわけにはいかないので、エマちゃんが着てたゼ◯カみたいな服を着ていた。車も通らない道の真ん中を歩きながら、ツアレはソジュンの手を握った。俺は二人の後ろについて歩いた。ところどころついている街灯に照らされる二人の後ろ姿は映画のワンシーンのようだった。

 「あれ、乗ってみたい。」

 ツアレは乗り捨てられたプリウスを指差した。プリウスには鍵がかかっていた。

 「鍵が無いと無理だよ。」

 ツアレは少しむくれたが、何か詠唱をしたらドアがあいた。試しにエンジンスタートボタンを押してみたらエンジンもかかった。

 「これ、動くよ。」

 「じゃあソジュン運転して!」

 俺は後部座席に乗った。後部座席でさやかにオナニーさせられた記憶を思い出したが、それより午前0時の動いているものが何もない街並みはとても綺麗に思えた。そんな街も遠ざかり、だんだんと車は高層ビル街へ向かった。高速を使う必要もないのだが俺達は首都高に乗った。車は霞が関から遠ざかり、湾岸道路を海を横目に疾走した。窓は全開だ。肌に当る風は冷たいが心地よい。が、少し物悲しさを感じた。

 

 「こんなに大きくて沢山の建物、見たこと無い!」

 最初ははしゃいでいたが、ツアレも飽きたようだ。

 「でもどれも真っ暗でつまらないね。」

 「昔はここらへんのビルの窓一つ一つの中には沢山の人がいて、明かりがついてたんだ。あの長い橋もライトアップされて、夜景はとても綺麗だったよ。」

 「ふーん。それを女神が壊しちゃったのか。」

 「まあ女神はパパが殺しちゃったけどね。あと厳密には北朝鮮って国がゲキヤバ爆弾を打ってこうなったんだよ。」

 「北朝鮮?」

 「ソジュンの故郷だ。あ、すまん。ソジュンを責めてるわけじゃないんだよ。」

 「でもこれからソジュンの故郷も滅ぼすつもりなんでしょ?ソジュンはいいの?」

 「私は、生まれた時から特殊機関で訓練されていて、親の顔も知りません。それで裸一つで日本に放逐されているので、祖国には何の未練もありません。」

 祖国に感情はないというソジュンのその言葉が本当かどうかは分からない。が、こちらの世界に戻ってきても特段感情を昂らせることもなかった。前に「お前の気持ちは分かるぞ」なんて知った口をきいたが、俺には何も分かっちゃいない。


 車は環状線をぐるっと回って霞が関のオフィスに着いた。深夜だから閉まっていると思ったが、このオフィスは24時間営業のようだ。守衛も何もいないビルだが、俺たちがいつもいる部屋だけが明かりがついていた。部屋ではさやかがパソコンを打っていた。

 「新井や金子さんは?」

 さやかはパソコンを打ちながら、こちらを振り返ることもなく声だけ出した。

 「仮眠じゃないですかね?ここのところ徹夜続きですからね。」

 「五木さんは大丈夫なのか?」

 「まあ私はちょくちょく休みもらってますからね。」

 そんな話をしていたらオフィスに新井が入ってきた。パジャマ姿だ。このビルに寝室でもあるのか?

 「あ、やっぱり井上さんだ。声がしたから来てみて良かった。相談がありましてー。」

 「あ?海削がなんでも上手いことやってくれてるだろ?」

 「まあ海削さんや日本の中は計画通りですね。ただ、中国が言う事聞かないんですよ〜。」

 「中国も参戦したんだろ?」

 「ウラジオ落とすまではよかったんですけど、そっから各方面で北上して本格的にロシア侵攻しちゃってるんです。」

 「え、別にいいじゃん。」

 「よくないですよ。北朝鮮どうするんですか。中国に期待してたのに南下しないで北上しちゃって。韓国に何とかしてもらいたいんですけど、アメリカが中立取っちゃったから動かないんですよね。」

 「そりゃあ日本のために戦争なんて死んでもしないだろうからな。」

 「自衛隊はウクライナ軍と合流してモスクワを目指すことが決定しています。全軍ではないですが、結構な戦力です。その隙にまた核なんて撃たれたり、日本列島上陸作戦なんて立てられたらたまらない。」


 その話を横で聞いていたソジュンが口を開いた。そういえばツアレとソジュンを放ったらかしだった。

 「あの、北朝鮮攻略は俺にやらせてもらえませんか。」

 「おっと、君らのこと忘れてたよ。これ、俺の娘のツアレだ。よろしくな。趣味は人体実験。」

 「あ、ツアレ様ですか!いつも大変お世話になっています。お陰様でいろいろと事がうまく運んでいます。本当にありがとうございます。」

 「よろしく。」

 ツアレは塩対応だ。

 「お前、ワームホールに人ぶち込んだり勝手なことして迷惑かけてんだから、粗相のないようにしろよな。次期魔王様だぞ。」

 「その節はご迷惑おかけいたしました。しかしツアレ様はとてもお美しいですね。お父様に似なくて本当に良かった。」

 「こら!てめえワームホールぶち込むぞ!」

 「すみませんでした。冗談はさておき、ソジュンはどうやって北朝鮮を攻略するんだ?しかもお前の故郷だろ?」

 「故郷ですが、俺を捨てた故郷です。未練などありません。要は北朝鮮の戦力を無力化すればいいことなので、ミサイル基地を全て破壊します。そして38度線付近の各部隊や国内主要基地を全て破壊します。」

 「地下ミサイル基地は巧妙に隠されているから、どうしようか攻めあぐねてたんだけどね。いっそのこと北朝鮮自体を井上さんに消し去って貰おうかと思っていたところでした。ソジュン君の策がうまく行けばこれほど良いものはないですね。で、一人でできるのか?」

 「できます。瞬間移動しながら高級軍人を拉致して基地のありかを吐かせます。吐かせたらすぐに瞬間移動で飛んで、俺のスキル『ゴッドサルベーション』で丸ごと破壊します。」

 ああ、そんなチート技もあったか。そんな考えを巡らせていたらツアレが金切り声を上げた。

 「やだ!ソジュンが行くなら私も行く!誰が何と言おうと行く!絶対ついていく!」

 「ツアレ様、これは危険な任務です。」

 咄嗟にソジュンはなだめた。

 「危険だろうがなんだろうがついていく!戦争をしにこの世界に来たんだ。戦争しないで帰れるわけないでしょ!」

 俺は間に入った。

 「ツアレが言い出したら聞かないよ。役に立ちこそすれ、足を引っ張ることは無いと思うから夫婦水入らず旅行ってことで楽しんできてよ。」

 「わかりました。ツアレ様を全力で守ります。」

 「逆〜!私がソジュンを守るんだよ!」

 場が、何だか痛いカップルの惚気劇場みたいになってしまった。さやかなんかは何も聞こえていないかのようにパソコンを打っていた。

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