第30話 バーモント・キッス
強烈な苦痛と、強烈な快感と、最後にしてくれたエマちゃんの妖艶なキスで俺は意識を失った。目が覚めた時は何もない殺風景の部屋で全裸で転がされていた。全裸のまま食堂に向かうと、エマちゃん、ツアレ、ソジュンが食卓を囲み朝食を食べているところであった。俺は全裸のまま食卓に座ったら、給仕が食事を持ってきた。だいたい魔王城で食べている魔獣の肉とワカメのようなサラダだ。エマちゃんとツアレは生肉を、ソジュンはなんかの野菜を食っていた。
「お前そんなもん食ってると強くなれないよ。」
エマちゃんはそう言って給仕にソジュンの前に生肉を出させた。
「はい。」
ソジュンは反論するでもなく、自然に生肉に齧り付いていた。
俺はとても微笑ましく感じ、家族って良いものだなぁ、と思った。
「じゃあ仕事に行ってくるよ。」
「朝までには帰るのよ。」
そんなやりとりをして、俺は一人でワームホールを抜けた。霞が関に向かう道すがら、曇天模様の空がとても気になった。
霞が関のオフィスに着くと、新井が嬉々として話しかけてきた。
「井上さん!ついに海削が内閣総理大臣になりましたよ!やりましたね!そしてロシアに宣戦布告しました。日本中やる気に満ちてます!」
「そうか。金子さんいる?」
「執務室にいますけど、どうかしましたか?」
「いや、別に。」
そう言って金子の部屋に入った。
「井上さん、今回は遅かったですね。何かありました?」
俺は一息おいて話し始めた。
「金子さん、俺世界征服やめようと思うんだ。」
金子は特段驚いた顔もしなかった。
「そうですか。もともと貴方が始めた物語ですし、別に良いんじゃないですか。」
俺は怒られたりするかもしれないと思ったが、そのドライな返答に拍子抜けした。
「でも、それで本当にいいんですか?貴方、この世界でやり残したことがあるんじゃないんですか?」
本当にいいのかと聞かれ心が少し揺らいだ。確かにこの世界でやり残したことをまだ思い出せていない。俺は声が出せず、反論もできず、ただ金子の前に立ち尽くしていた。
「まあいいです。まだ悩んでいるようですし、奥さんの家に帰ってもう少し考えたらどうですか?もう今日は帰っていいですよ。」
「はい、そうさせてもらいます。」
俺は金子の執務室から出た。
「おーい、井上さん!ちょっと!」
待ち構えていた新井に呼び止められたが、無視して車に乗って板橋に戻った。
「あれ?今日はやたら早いのね。半月くらい。」
エマちゃんとツアレに出迎えられた。さっき飯を食ってたばかりだが、また飯を食っていた。まあ時間的にはそうなのか。
「ソジュンは?」
「え?レベル上げに行ったよ。」
「そうなのか。」
俺は椅子に座りやたら高い天井を眺めた。そして二人に向き合い口を開いた。
「俺、仕事やめようと思うんだ。」
二人はきょとんとしていた。しばしの沈黙の後エマちゃんが口を開いた。
「そもそも何の仕事してるの?」
「世界征服」
「え、そんな楽しそうなことしているの?世界征服なんて人生そのものじゃん!」
ツアレが口を挟んできた。
「確かに楽しそうだね。この世界はほとんど征服しちゃったし、人間も増えてないし、魔神様の手前人間と戦争もできないし。」
二人は羨望の顔で俺を見つめた。俺はシリアスに話したのに、なんか噛み合わない。
「で、世界征服やめて何するの?」
「いやこの城で死ぬまでみんなと平穏に暮らすとか。掃除洗濯するとか。」
「なにそれ。ゲロ吐きそうじゃん。私なら自殺するね。」
「そうだな。マサユキや井上と田中に抑えられて引きこもっていた時は退屈すぎて発狂しそうだったよ。今は井上が定期的に面白い話を持ってきてくれるから退屈しのぎになってるけど。」
嫁と娘は親身になってくれるどころか、俺の悩みなんて全否定である。
「とにかくここにずっと井上がいたら、みんな退屈すぎて心中するしか無いね。お初と徳兵衛みたいに。」
また変な異世界知識を聞かされた。とにかく魔族に相談するのは間違いだった。
「二人の意見はよく分かったよ。分かった。世界征服は続ける。今後も手伝ってくれ!あと物見遊山がてらこっちの世界の征服に協力してくれていいぞ!」
異世界生活で感じた家族の愛というか哀愁は何だったのか、バカバカしくなった。とろけるキッスは誰のため?ハチミツキッスは世界征服の神様の尻穴にすることにする!
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