第23話 泣くな、親父
現世界は不安と絶望に満ちているが、異世界、特に魔王城の生活は平和な上に暇である。たまに魔神の所に行き、資材移動などの復興を手伝ったり、エマちゃんやツアレと魔獣狩りを楽しんだり、のほほんと過ごしていた。
「そういえば前に渡したハン・ソジュンはどうなったの?」
軽い気持ちでツアレに聞いてみた。
「ソジュンね。あれは良い男だから結婚したよ。」
俺の脳天に電撃が走った。
「何だそれ?聞いてないぞ!」
「いやいや、パパ何年も帰って来なかったじゃん。そんな奴に責められる筋合いは無いでしょ。もうお腹に子供だっているんだから。」
親は無くても子は育つ・・のか。
「父さんみたいな人と結婚したいって言ってたじゃん!」
「それ、いつの話よ!」
失恋に似たこの感情。キンキンのビールが美味しくない。愛する娘離れていく。一人涙する。
「わかった。それはそれで飲み込むとしよう。で、ハン・ソジュンは何やってるの?」
「私の研究手伝ってくれたり、あと、『俺は貴方に釣り合わん』とか言って魔獣群帯で修行したりしてるよ。」
なんかかつての中村みたいなやつだな。
「魔改造か何か施したのか?」
「大きなやつは特に。ただ、人間て寿命が短いじゃん。そこだけ改造して若返りと不老の施術をしたよ。」
そんなことができるのか。
「俺はソジュンに会っていいよな?義父として当然の権利だよな?」
ツアレは少し嫌な顔をした。会話にエマちゃんが割って入った。
「いや、ソジュンはなかなかの男だぞ。化外の肉を食えと言ったら迷わず食った。井上より魂のレベルが高い。こんな婿を貰ってわらわも鼻が高い。」
「好き嫌いや偏食で魂の質が決まるのかよ!とにかくソジュンには会いに行くから。娘を泣かしたら承知しない!と説教してくる!」
俺はバニシングで魔獣群帯に飛んだ。ソジュンを見つけるのにはそれほど苦労しなかった。半裸で傷だらけだが身長をゆうに超える大剣を背負い、魔獣の死体の山の上で物憂げにうなだれている男をすぐに発見した。どうも魔獣群帯は人を厨二病にするらしい。
「ういっす。どうも久しぶり。」
厨二病に浸っていたソジュンは半開きの目で俺を視認した。その瞬間目を見開き、その厨二病的大剣で俺に飛びかかってきた。俺は普通にバニシングでソジュンを飛ばし、魔獣の死体の山に叩きつけた。「ぐはぁ!」大仰に血を吐くソジュン。実に厨二病らしい演出でいいね。
「お前、うちのツアレと結婚したんだってな。父親の了解も得ずにけしからん!」
説教をかましてやった。
「お、お前は・・、井上!なぜここにいる!」
反応も実に厨二病臭くていいぞ!
「いや、見えて無かったと思うけどさぁ、ここにお前を送ったのは俺なんだけど。ツアレに切り刻まれて遊ばれてると思ってたけど、まさか結婚してたなんてな。ツアレの腹にいる孫に免じて許してやる!感謝しろよ!」
「ツアレ様が、お前の娘?何かの間違いだろ!」
「ああそうか。お前は向こうの世界とこっちの世界の時間の流れについてはあまり理解が深くないのか。お前、向こうの世界では死んでからまだ2、3日しか経ってないよ。俺が向こうの世界で働いている間、こっちの世界では娘がすくすくと成長しているってわけ。」
「とするとお前はエマニュエーレ魔王様の夫なのか?」
「まあエマちゃんとは成り行きで子供作っちゃった。お前も成り行きでツアレと子供作ってるんだから言いっこなしだろ?それよりお前、これからどうしてくつもりなんだ。」
「わたし、は・・」
俺はソジュンの感情をよく理解している。
「お前は祖国で叩き込まれた世界観価値観を、日本に行ってからことごとく壊された。日本で見つけたアイデンティティもこの世界で壊された。正直同情してるよ。」
ソジュンは黙っていた。
「お前がいた日本は今はグチャグチャだが、まあとにかくこの異世界は平和だ。この世界でツアレと余生を過ごしても良い。余生って言っても長命の秘術を施されたみたいでなかなか死ねないと思うけどな。」
ちょっと茶化してみた。それでもソジュンはうつむき加減で、何か思い悩むようにしていた。
「まあ、アレだ。お前、ツアレと釣り合う人間になりたいんだろ?だったら俺の仕事を手伝え。」
「お前の、仕事?」
「ああ。元の世界だ。」
「元の世界に戻れるのか?」
急にソジュンは言葉を荒げた。
「戻れるよ。だけどお前は根無し草だろ?そんなに元の世界に未練があるのか?」
一時は興奮したソジュンだったが、冷静に考え、落ち着きを取り戻した。
「お前には祖国なんてないんだし、家族もこっちの世界にしかいない。何の未練もないだろ?俺はこれからロシアを討伐しなければならない。それにはお前が必要だ。」
必要、と言われてソジュンはきょとんとした。
「レベルも低い俺に何かできるとは思えないが。」
「異世界は化け物ばかりだけど、元の世界ではお前は十分にレベルが高い。自信持っていいよ。後は俺が教える魔法を覚えて欲しい。さっき俺がお前にかけたやつだ。」
ソジュンは物わかりのいいやつだ。特段悩むことなく即決した。
「わかった。ツアレ様のためにも、あんたの役に立つように頑張るよ。」
「一応、義父なんだからな。お義父さんと呼んでくれよ。」
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