第30話 腰振る度にCOOL扱いされる音ゲー系鬼畜眼鏡

 廃ビルの窓から。


 飛び降りた三邪神を追うようにして、閃光が迸った。


「なんじゃなんじゃ!? この眼鏡男、わしら以外にも恨まれとったんか!?」


 あたかも毛細血管のように。


 眼鏡男ことクゥの全身に張り巡らされた触手が、洗練されたタッチで音を奏でるピアニストのような手つきで蠢いた。


 失神しているクゥは、リトルの触手によってコントロールされ、廃ビルの横につけておいた赤のロードスターに乗り込む。


 エンジンがかかり。


 遅れて落っこちてきたリトル、セティ、マリフが三段重ねになると同時、前方へとバウンドするかのように猛烈な勢いで走り始める。


 加速した瞬間――その後方へと光の束が落ちた。


 と同時、爆音が鳴り響く。


 爆散したアスファルトがロードスターのケツを叩き、ガクンと車体が傾いて、スマホを弄りながら前に映ったマリフの重力移動により安定する。


「死に晒せぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!」


 次から次へと。


 光の束が降り注ぎ、その度にガクンガクンと車体が揺れる。


「うひょひょひょ!! 面白くなってきたのう!!」


 ノリノリで。


 運転席に乗せたクゥの腕を操り、触手でハンドルを握ったリトルは、束にした触手でアクセルを踏みながら笑う。


「リトル、貴女、免許持ってましたっけ?」

傀儡かいらいにしとる眼鏡が持ってるからセーフじゃろ! というか、唐突に現れたあの女の子はどこの誰じゃ?」

「わからん」


 気絶しているヒナの父藤堂修二を肩に担いだまま、セティはニヤリと笑う。


「しかし、我好みの展開ではあるぞ! フハッ!」

「カーチェイスとかアニメあるあるですしね!」


 笑いながら、マリフは自撮りを繰り返す。


「どこのどなかは知らんが、この眼鏡はヒナちゃんに献上する獲物じゃ! そう簡単に渡すわけにはいかないのう!!」


 そうリトルが叫ぶと同時に、更にアクセルを踏み込み――景色が線となって、背後へと消えてゆく。


『いや、アレ、ヒナちゃんだよ!!』

『カーチェイスに夢中でコメント見てねぇな、コレ』

『ヒナの配信からハト飛んできてるけど無意味で可哀想……』

『自演なのに自演じゃなくなってきてるの草』


 助手席へと頭を突き出したマリフは、自撮りしながらリトルへと叫びかける。


「ねぇ、ちょっと代わってくださいよ! 私、マ◯カ得意なんでたぶんいけますから!」

「神たる我もドリフトしたい気分である!!」

「素人は黙っとれ!! 今、わしが運転しとるんじゃ!! 頭文字◯を全巻読破しとるわしに任せて下がっとらんか!!」


 もみくちゃ、もみくちゃ。


 運転席と助手席に跨って、透明化している三邪神はハンドルを握っているクゥの両腕を取り合い――ボグッと、鈍い音が響いた。


「「「あっ」」」


 ぷらんぷらんと。


 反対方向にへし折れたクゥの両腕を見て、三邪神は青ざめる。


「ちょっ!? や、やばいんじゃ!! も、戻せ、戻せッ!!」

「いや、ダメですって!! その腕、そんなに曲がってなかったでしょ!!」

「我に貸せッ!! そうはならぬだろうが!!」


 ギャーギャーワーワー。


 騒いでいるうちに、白目を剥いて舌を突き出しているクゥの全身は、運転席上に畳み込まれるようにして――ブリッジの状態で固まっていた。


「「「…………」」」


 ブリッジ状態で器用に両足を使いハンドルを回しているクゥの姿を見て、声を失った三邪神は真っ青になって顔を見合わせる。


「ど、どうするんですか、さすがにやり過ぎですよ……り、リトル、怒ってるからってこんな痛めつけるような……」

「『折れば柔らかくなる』とか言って、ボキボキ折り出したのはお主じゃろうが!!」

「運転席に収めておくのはマズい! リトル、浮かせろ!」


 セティの指示に従って。


 リトルは、宙へとクゥの全身を浮かび上がらせる。


「「「…………」」」


 結果として。


 白目を剥いて舌を突き出し、ブリッジしながら浮遊している眼鏡男の下で、ひとりでにロードスターが爆走するという奇怪な光景が生まれた


『うわぁ……』

『こういうホラー映画あったよね』

『そういや、コイツら邪神でしたね……』


 リトルは、頭上のブリッジ運転者を見上げる。


「もっと、ヤバくなっとらんかコレ……?」

「ど、どうするんですか、コメント欄がガチでドン引きしてますよ。さっきまで、珍しく、『格好良い』とかコメント来てたのに」

「マリフ、音楽だ。得意の音楽をかけて誤魔化すが良い」

「は、発想が安直過ぎる……何回、音楽の力で乗り切ったら気が済むんですか。そんな毎回、都合よく、誤魔化し用の音楽なんて持ち歩いてませんよ。このロードスターに、なんかあるんじゃないですか……?」


 ドゥンドウンドゥン!!


 マリフがボリュームのツマミを動かすと、積んであった大型のスピーカーから8ビートが流れ始める。


 単調ではあるが力強いビート、そのリズムに乗ったリトルは大声で手を打ち鳴らす。


「はぁい、はぁい、はぁい!! 良い感じじゃ!! ビートで誤魔化せる感じがする!!」


 8ビートのリズムに乗ったリトルに合わせて。


 ビクンビクンと、頭上のクゥが猛烈な勢いで海老反りになる。


「ダメだダメだダメだ!! 止めろ!! 悪化しているぞ!! ホラー味が増している!!」

「い、いや、演出方向で誤魔化しを入れれば良い感じになりますよ。だ、大丈夫です、丁度、ヒナたそに渡してなかった在庫のモニターが」


 ひゅうんっと。


 宙を滑ってきたモニターをキャッチしたマリフは、そのモニターを媒介にして宙空へと映像を投影する。


「うぉおッ!!」


 ロードスターの進行方向へと。


 映し出される初音◯クの三次元映像ホログラム、胸に手を当てて歌い始めるオタク界の歌姫を見てリトルは歓声を上げる。


「は、初音◯クちゃんの3DCGライブ映像じゃな!! マリフ、お主、やるのう!!」

「ふふっ、伊達に長年オタクやってませんよ」

「しかし、初音◯クと8ビートの眼鏡男ブリッジとの相関性が取れておらんぞ。もう少し、演出を足すべきではないか」

「なら、こんなのはどうですか?」

「うっ……ぐっ……!!」


 奇跡的に。


 そのタイミングで、クゥの意識が戻り――


「な、なんだコレはぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?」


 宙空に海老反り状態で、固定されている己を知覚し悲鳴を上げた。


「な、なにがどうなってるんだ!? なんだ、このアニメキャラは!? ぼ、僕は、さっきまで、どこでなにをして――」


 そして、始まる。


 朗々とワールドイズ◯インを歌い始める巨大初音◯ク、背景と貸した彼女の中心でブリッジしている眼鏡男へと――◯、✕、△、□のマークが飛んでくる。


 そのマークが眼鏡男に重なった瞬間に、彼はびくんと海老反りになり――小気味の良い音が響いて『COOL』と表示される。


『まさかの音ゲー形式で大草原』

『どういう脳みそもってたら、こんなイカれた尊厳凌辱思いつくの???』

『なんで、毎回、殴り飛ばした後の尊厳凌辱パートの方が長いんだよww』


 歌姫の歌唱とリズムに合わせて。


 次から次へと飛んでくる◯、✕、△、□のマーク、それが重なる度に身体がくの字に曲がり『COOL』扱いされる眼鏡男……何時しか、ロードスターの上はライブ会場となり、汗だくになったリトル、マリフ、セティは笑顔でサイリウムを振る。


「やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

「「「はい、はい、はぁい!!」」」

「◯が✕が△が□がッ!! ぼ、僕の意志とは反して、身体がぁあああああああああああああああああああああああああッ!!」

「「「はい、はい、はぁい!!」」」

「りリズムが腰全体に刻まれるぅうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううッ!!」

「「「はい、はい、はぁい!!」」」


『はい、訴訟』

『地獄のライブ会場で草』

『眼鏡男が腰振ってるの応援するのは、BLアニメに対してだけかと思ってたわ』


 笑いながら。


 夢中になって、三邪神は、宙空の初音◯クへとサイリウムを振って――


「「「あっ」」」


 加速していたロードスターは、壁に激突して派手に爆発炎上した。

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